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二月。現世では節分やバレンタインデーといったイベントがある季節だ。
この時期、町はバレンタイン一色に染まる。

地獄では鬼灯様の発案でカカオ投げが行われたらしい。
好きな相手にはカカオ豆を投げつけ、相手がいない鬼は亡者にぶつけて日頃の鬱憤を晴らしたのだとか。
伝聞なので実際の様子がどうだったかはわからないが、あまり評判は良くなかったようだ。
それというのも、途中やってきたイワ姫様が鬼灯様にチョコを渡したのをきっかけに、我も我もと、女性達が隠し持っていたチョコを鬼灯様に向かって投げつけたからである。
他の鬼達にしてみれば、アンタそりゃないよと言いたくもなるだろう。

「職場内でのチョコレートの受け渡しは基本禁止です」

「あ、聞きました。確か、ハニートラップに引っかかった事件があったからですよね」

「ええ。でもまあ、あくまでも職場内ではという事なので、プライベートで渡す分には特に注意はしていません」

公私をしっかり分けていれば結構というわけか。
怜悧冷徹な合理主義者の鬼灯様らしいお考えだ。
簡単に言えば、お仕事にひびかなければいいですよということになる。

「お優しいですね、鬼灯様」

「優しいとは言わないでしょう。ただ、徹底して根絶して方々から恨まれるのも面倒ですからね」

締め付けるばかりでなく、ある程度のガス抜きは必要だということか。
飴と鞭の使い方が絶妙だ。

「貴女は誰かに渡さないんですか」

「お世話になっている鬼灯様に差し上げたいんですけど、お仕事中でなければいいんですよね」

「そうですね、仕事中でなければ構いません」

鬼灯様はちょっと首を捻って私を見た。

「ところで、それは手作りのチョコレートですか」

「はい、一応」

「それならいいんです。楽しみにしていますよ」

鬼灯様は私が差し出した書類に裁可の判子をポンと押した。


「なまえさーん!」

たったか駆けてくるのは犬獄卒のシロくんだ。
秋田犬よりもちょっと大きいくらいの白犬で、元は桃太郎のお供をしていた犬である。
その後ろから猿の柿助くんが、上空からは雉のルリオくんも飛んで来た。

「あ、鬼灯様、こんにちは!」

「こんにちは、シロさん、皆さんも」

鬼灯様に挨拶を済ませると、シロくんは私に向き直った。

「チョコ風の骨ありがとう!凄く美味しかったよ!」

「俺達まで貰っちゃって、なんかすみません」

「いえいえ。日頃お世話になってるお礼ですから。これからも仲良くして下さいね」

「もちろんだよ!」

「…シロさん達にもチョコレートあげていたんですか」

「はい、あと、唐瓜さんや茄子さんとかにも」

「…………」

黙り込んだ鬼灯様を見て、動物達はひそひそ話を始めた。

「だからマズイって言ったんだよ俺は。せめて鬼灯様のいないところでこっそりお礼を言ったほうがいいって」

「えー?どうして!?」

「だからお前はバカだって言うんだよ」

「鬼灯様怒ってるぜ、絶対。金棒で殴られるかも」

「動物相手にそんなことしませんよ」

「ひっ!」

ビクーンッと身体を跳ねさせた三匹と、何がなにやらな状態の私を見て、鬼灯様は小さくため息をついた。

「なまえさんは後で私の部屋に来て下さい」

「あ、はい」

「チョコレートも忘れないように」

「はい、わかりました」

動物達はまたひそひそ話を始めたが、「絶対…」「…食われる」とか断片的にしかその会話は聞き取れない。

「仕事上がりが楽しみですねぇ」

さっき不機嫌そうだった鬼灯様は、何故かちょっと機嫌が良さそうに書類に判子を押す作業にいそしんでいた。


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