「あ」 「おや」 大浴場を出たところで、偶然にも男湯から出て来た鬼灯にばったり出くわした。 なまえもそうだが、あちらも湯上がり。 ほかほかと湯気が立ちのぼりそうな風情である。 艶めいた洗い髪がかかるすっきりした首筋が色っぽい。 「なまえさんもでしたか」 「鬼灯様もだったんですね」 部屋には備え付けの浴室があるが、時々こうして大浴場を利用している。 今日はたまたま二人とも大浴場を選んだのだった。 「お饅頭を貰ったのですが、食べますか」 「いいんですか?頂きます」 それじゃあ、あちらに、と二人して大浴場に隣接した休憩所へ移動する。 畳敷きの休憩所には木製の長机が並び、ポットやお茶の道具が用意されていた。 自販機では昔ながらの牛乳瓶も売っている。 普通の牛乳の他にフルーツ牛乳に珈琲牛乳もあり、部屋の一角には少々型は古いがマッサージチェアもあった。 「どうぞ、なまえさん」 「有難うございます。いただきます、鬼灯様」 机を挟んで座り、お茶を飲みながらお饅頭を頂く。 「鬼灯様、髪の毛まだ濡れたままですけど」 「いつもは出てすぐ乾かすのですがね。今日はなまえさんに会いましたから」 「私、乾かしましょうか」 鬼灯は小首を傾げた。 「それじゃあ、お言葉に甘えましょうか」 「はい、任せて下さい」 ちょっとドキドキしながら、鬼灯の髪に触れる。 ドライヤーのスイッチを入れると、ぶおんと熱風が吹き出した。 鬼灯の黒髪を手櫛で梳きながら手早く乾かしていく。 「鬼灯様、熱くありませんか?」 「いえ、丁度良いですよ」 カラスの濡れ羽色と言うのか、漆黒の髪は羨ましいくらい艶があり、サラサラだ。 「たまには良いものですね。誰かにやって貰うというのも」 「私でよければいつでもやりますよ」 「いえ、今度は私が貴女の髪を乾かしてあげます」 こちらをチラチラ気にしている他の獄卒に目をやり、鬼灯が言った。 「ただし、今度は邪魔な視線を感じない、私の部屋か貴女の部屋でね」 本当は湯上がりの姿を見せるのも嫌なんです。 淡々とそう告げた鬼灯に、なまえは反応に困った。 「それって、あの…」 「誰かに見せるなんて勿体無い。そんな無防備で色っぽい姿を見せるのは私だけにして下さい」 なまえはドライヤーのスイッチを切った。 それから、はい、と小さな声で返事をした。 |