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「なまえさん、ちょっと付き合って下さい」


仕事終わりに鬼灯様に呼び止められ、そう言われた。
さては残業かと思いながら「はい、いいですよ」と返事をしたのだが。

鬼灯様に連れて行かれたのは、執務室ではなく甘味処だった。
いま獄卒の間で話題になっている店だ。
なんでも、現世の流行り物をリアルタイムで取り入れるとかで、特に女性の間で人気が沸騰している。
店内は昔ながらの普通の和風の甘味処なのに、ハワイアンなパンケーキやらエッグベネディクトやらが出て来るギャップがいいらしい。

「今日は私がおごります」

「そんな、申し訳ないですっ」

慌てる私をよそに、鬼灯様はさっさと二人分の注文を済ませてしまった。

「実はなまえさんに食べて頂きたいものがありまして」

「そういうことでしたか」

もしかして、女性の意見を聞きたいとかそういうことなのだろうか。
そうアタリをつけた私の前に、スープボウルのような皿が置かれた。
鬼灯様の前にも同じものがひとつ。

「これは…」

「見ての通り、チョコ白玉です」

鬼灯様がスプーンを手に取りながら説明して下さる。
画としては、白いコンデンスミルクのスープの中に黒い丸いものがぷかぷか浮かんでいる状態だ。

「さあ、どうぞ」

「は、はい、いただきます」

鬼灯様に促されて私はチョコ白玉とやらを掬い取った。
コンデンスミルクを絡めてぱくりと一口。
チョコの風味と白玉の食感が意外にもマッチしていて、違和感がないどころかとても美味しい。

「美味しいです」

「それは良かった」

コンデンスミルクを使っているのに甘過ぎないのもいい。

「今日はバレンタインですから」

「?鬼灯様?」

「好きです、なまえさん。結婚して下さい」

危うくチョコ白玉入りコンデンスミルクを鬼灯様のお顔に顔射してしまうところだった。

「ほ、鬼灯様!?」

「今日はバレンタインですから。貴女、私があげたチョコを食べたでしょう。食べましたよね」

「そ、そうですけどっ」

「私と笑顔溢れる明るい家庭を築きましょう」

「そ、そんな一カケラも明るさが読み取れない表情で言われても……!」

なんだこれ。新手の精神攻撃だろうか。

「どうしてこんな…鬼灯様らしくないですよ…」

「私らしくない…?そうですね」

鬼灯様はガタッと立ち上がった。
そして私の腕を掴んでくわっと目を見開いた。

「つべこべ言わずに私の嫁になりなさい!!」

「ド直球で来た!凄くらしいですけど!!」

「拒否は認めません。届け出は明日、式はスケジュールを調整次第速やかに行います」

「ほ、鬼灯様っ!」

「旦那様と呼んでも構いませんよ」

頭がくらくらする。
ふらついた私を鬼灯様が支えて下さった。
髪を撫でられ、ぎゅっと抱きしめられる。

どうしてだろう。
全然嫌じゃない。
みぞおちの奥からじわじわ湧き上がってくるような不思議な気持ちのまま、私は鬼灯様に身を任せた。

「素直ないい子は好きですよ」

調教のし甲斐があります。

そんな不穏な台詞をはいた唇が私の唇を奪った。


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