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ふと気が付いたら、川に架かった橋の上にいた。
どうしてこんな所にいるんだっけと考えて、
──ああ、そうだ、私は死んでしまったのだと思い出した。

それではここは三途の川か。

「なまえちゃん」

橋の欄干に凭れていた人物が、私の名を呼び、こちらへやって来た。

「待っていたよ。君が来るのを」

「白澤様…」

待っていたのは、万物を知る神獣の白澤様だった。


* *


その仙人崩れの男は豚に似ていた。
長年に渡る怠惰な生活が彼の外見に如実に現れていたと言える。
その男は私の養い親だったが、娘としてではなく奉公人として扱われていたので、恩義は感じていても親しみをおぼえることはなかった。
私は物心ついた時からずっとこの男の召し使いだったのである。

「老いを知らず、花を渡り歩く蝶の如く女遊びをしている貴様に何がわかる!」

ふらりと現世に訪れた際に立ち寄った白澤様を男はそう罵倒していた。
二人は長年の知り合いであるらしかった。
不老長寿の思想にとり憑かれていた彼は、いつまでも若々しい白澤様が妬ましかったのだろう。
当の本人は、やれやれという風に相手にしていなかったけれど。

「君が仙術を極めながらも桃源郷に昇れないわけがまだよくわからないようだね」

白澤様は男に向かって溜め息をついた。
そして私に向き直り、

「今すぐにというわけにはいかないけど、必ず迎えに行くよ」

そう約束して下さったのだ。
そして──


* *


臨終から49日目の太山庁で私は天国行きが決定した。
とりたてて悪事を働いていなかったためのスピード結審である。

「約束通り迎えにきたよ、なまえちゃん」

「白澤様…」

私に向かって両腕を広げる白澤様に、私は少し困ってしまう。
おいで、おいで、とされて近寄れば、ぎゅうと抱き締められた。

「天国行き決定おめでとう。これでようやく君を桃源郷に迎え入れられる」

嬉しそうな白澤様に困惑しながら、私はずっと疑問だったことを尋ねてみることにした。

「白澤様」

「うん?」

「白澤様はどうして私を待っていて下さったんですか」

「約束したからね」

「どうして?」

純粋な疑問をぶつけると、白澤様はちょっと視線をそらし、はにかむように微笑んだ。
そうすると、驚くほど可愛いと感じた。
私よりもずっとずっと歳上の方なのに。

「一目惚れ…って言ったら、信じるかい?」

まるで初めて初恋を知ったばかりの少年のように照れ臭そうに白澤様はそう仰った。


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