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あの世には、鬼用の葛根湯なるものがある。
成分は人間用のそれと殆ど変わらない。
ただ、ちょっと、顔を削いだ人面魚のぶつ切りや鱗を剥いだ金魚草のぶつ切りが入っているだけで。
そのちょっとの部分がイヤで、出来れば飲みたくないという鬼も中にはいる。
私のように。

「鬼灯様…あの…それは…ちょっと…」

「我がまま言わずに飲みなさい。風邪のひき始めにはこれが一番効くんです」

鬼灯様が生薬の入った紙包みをズイッと差し出してくる。

そりゃあ鬼灯様はいいですよ。
金魚草を育てるのが趣味だというぐらいだから、飲むのも抵抗ないでしょう。
でも、びちびち蠢くあの姿を見、おぎゃあああああああという絶叫を聞いた後では、とてもじゃないがその一部を口にするなんて出来ない。

「目がしょぼしょぼして、鼻水、鼻づまり、くしゃみ、微熱とくれば、立派な風邪の症状ですよ」

「今の時期、現世なら花粉症と診断されるかもしれませんよ」

「現実逃避はやめなさい。貴女は風邪です、なまえさん」

くしゅんっ、とくしゃみをした私に鬼灯様が最期通告を下す。
本当は分かってます。
自分でもこれは花粉症じゃなくて風邪だって。
でもその薬だけは飲みたくないんです。

「他に何かいい薬がないか、ちょっと白澤様に相談して、」

「寝ろ」

足払いを食らわされて身体が回転したかと思うと、寝台の上に寝かされていた。
力技すぎます鬼灯様。
そして、きっちり葛根湯も飲まされてしまいました。

「しかし、貴女も難儀な人ですね。風邪や鬼インフルエンザが流行る冬ではなく、この春先になって風邪をひくなんて」

「すみません…」

「怒っているのではありません。貴女が常日頃健康管理に気をつけていたことは知っています」

そっと優しく頭を撫でられる。
あまりに優しいその手つきに、ティッシュで鼻を押さえていなければ、鬼灯様のお顔に向かって勢いよく鼻血を噴き出していたところだ。

「なってしまったものは仕方がない。安静にして早く治しなさい」

「はい、鬼灯様」

立ち去ろうとした鬼灯様が足を止める。
私が彼の着物の袖を握っていたせいだ。

「す、すみません、つい…!」

「一人になるのが嫌なんですか」

「うっ…」

「病気の時は心細くなるものですからね」

鬼灯様は私の頭を持ち上げると、寝台に腰かけて自分の膝の上に私の頭を置いた。
膝枕、そう膝枕、いわゆる膝枕だ。
頬がかあっと火照るのを感じた。

「ほ、鬼灯様…!」

「今日だけ特別です」

ほら、早く寝なさい、と鬼灯様が頭を撫でて下さる。
嬉しい、照れくさい、くすぐったい、凄く嬉しい。
と、私の心中は踊り狂っている状態だったが、身体のほうはさすがに限界だったらしく、うとうとと眠気に襲われて目を閉じた。
鬼灯様のぬくもりを感じながら眠りの中に落ちていく。

「おやすみなさい、なまえさん」

おやすみなさい、鬼灯様。
早く元気になって、バリバリ働きますからね。

だから、もうちょっとだけこのままで。


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