子供の頃から歌うことが好きだった。 鬼の子達が通う学校でも音楽の授業だけは楽しく受けていたし、よく褒められた記憶がある。 それ以外の勉強はいまいちだったが。 だから芸能界に入ることが出来て本当に嬉しい。 今の目標はピーチ・マキさんだ。 「貴女のファンです」 そう言ってその人は私に腕いっぱいの金魚草の花束を差し出した。 え、え、と戸惑ったものの落としてはいけない。 慌てて受け取った私の胸元で金魚草達がざわめいた。 目の前に佇む人に熱っぽく見つめられて私の胸もざわめく。 「『金魚草畑でつかまえて』は素晴らしかった」 「あ、有り難うございます!」 涼やかな切れ長の瞳が熱を孕んで見えてたじろいでしまうが、思い切って口を開いた。 「あの…鬼灯様ですよね?」 「おや、私をご存知でしたか」 「もちろんです!この地獄で鬼灯様を知らない人はいませんよ」 「マキさんは知りませんでしたけどね」 「えっそうなんですか?金魚草大使もされてるし、てっきり親しいのだとばかり」 「今はそれなりに。初対面の時は在庫管理する店員に間違えられました」 「あはは…」 マキさんらしい。 あの天然キャラがウリであり強みでもあるのだ。 最近はそのキャラを活かしてクイズ番組に出演し珍回答でお茶の間を賑わしている。 「金魚草大使羨ましいです。金魚草大好きなので」 「やはりそうでしたか」 鬼灯様は頷いた。 「先ほども言いましたが、『金魚草畑でつかまえて』は素晴らしかった。貴女の歌からは金魚草への確かな愛情がしっかりと感じられました」 「本当ですか?そんな風に感じて頂けて嬉しいです…!」 いつの間にか鬼灯様に手をとられていた。 握手をするように両手でしっかりと包み込まれている。 かあっと頬に血がのぼった。 「是非、貴女の育てた金魚草が見てみたい」 「は、恥ずかしいです…殿堂入りした鬼灯様には遠く及びませんから」 「でも愛がある。貴女の愛情を受けて育った金魚草です。きっと素晴らしいはずだ」 「鬼灯様…」 なんだかくらくらした。 鬼灯様に手を握られたまま顔を覗き込むように近くで話されているからかもしれない。 端正なお顔がすごく近くにある。 ああ…… 「連絡先をお聞きしても?」 「は…はい…」 鬼灯様の視線に絡めとられたまま、まるで催眠術にかかったみたいに私は自分の携帯電話を取り出した。 催眠術ではなく魔法かもしれない。 私はこの鬼神の魔法にかかってしまったのだ。 金魚草を見せる約束を交わす自分を奇妙に遠く感じる。 私の目は鬼灯様の瞳にしっかりと捕まったままだった。 「それでは、また」 「はい…鬼灯様…」 やっと呪縛から解放された私はふらついてしまった。 「おっと」 鬼灯様の胸にとんとぶつかって抱きとめられる。 遠くからマネージャーが私の名前を呼びながら走ってくるのがわかった。 「大丈夫ですか?なまえさん」 「は、はい、すみません…」 鬼灯様の体温と香りに包まれて頭のてっぺんまで血がのぼっていく。 焦っているマネージャーにそっと引き渡された私は夢から覚めたように瞬きした。 「本当にすみません」 「お気になさらず。役得だと思っていますよ」 無表情のまま鬼灯様はそんなことを仰る。 金魚草達がざわめく中、私は鬼灯様と連絡先を交換した携帯電話を握りしめた。 この先の展開を期待しながら、しっかりと。 |