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不意に目が覚めて辺りをそっと見回す。
夜行バスの車内は眠る前に見た時とあまり状況は変わっていないように見えた。
睡眠中の乗客を考慮して最低限の灯りだけがついた車内は暗い。
身体に掛けられた毛布はそのまま。
どうやらあまり時間は経っていないようだ。

窓は外の冷気との温度差ですっかり白くくもってしまっていたが、その暗さから夜が明けていないことだけはわかる。

そこまで確認して、なまえはふとバスが止まっていることに気付いた。
だが、不思議なことに誰も降りた様子はない。
皆、席に座ったまま眠っているのか、車内は静寂に包まれている。

「どうかしましたか?」

静かな低い声が聞こえてきてどきりとした。
見れば、眠っているとばかり思っていた隣の席の男が目を開けてこちらを向いていた。
起きたばかりなのか相当眠そうだ。
目付きが凄く凶悪なことになっている。

「明けましておめでとうございます」

「あ、おめでとうございます」

互いに声をひそめて言葉を交わす。

「前方で事故があったようですよ。もうしばらくかかるでしょう」

男が冷静な声で説明してくれた。

「初日の出までには間に合うでしょうか」

「さて。間に合うといいですね」

さして興味がなさそうな口調で男は言った。
このバスに乗っているということは彼も“初日の出&初詣バスツアー”なんてものに参加しているはずなのに、不思議とそういったものに興味があるようには見えない。

「社会見学のようなものです」

「社会見学…」

こちらの心を覗いたように語った男に、なまえは瞳をぱちくりさせた。

「どちらかと言えば、私はツアーに参加した客達の行動や考えのほうに興味があります」

「人間観察みたいなものですか?」

「そういった意味合いが強いですね」

不思議な人だ。
変わっていると言ってもいい。
だがなまえはこの男に興味を引かれていた。
ツアーの間一緒にいれば面白そうな気がする。

「そういえば、お名前はなんておっしゃるんですか?私は苗字なまえです」

「……鬼灯です」

「ほおずき、さん」

「ツアーの間、よろしくお願いしますなまえさん」

「こちらこそよろしくお願いします」

なまえはほっとしながら差し出された手を握って握手を交わした。
寡黙かと思えばそうでもなく、一度気に入ってもらえれば懐に入れてくれる人なのかもしれない。

「もう少し休んでいてはどうです。着いたら起こして差し上げますよ」

「すみません、有り難うございます」

有り難い申し出に心があたたかくなりながら目を閉じる前に、もう一度窓へと目を向ける。

まだ凍えた夜の底。

夜明けは、きっと隣の男の傍らで迎えることになるのだろうという確信があった。


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