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現世視察初日の今日は、冷たい雨が降る肌寒い一日となった。

防音がしっかりしたホテルだから雨音こそしないが、窓ガラス越しにしとしとと降り続ける雨が見える。
こうして見ている限りでは、まだまだ止みそうにない。

備えつけのテレビで天気予報をチェックする。

「明日は曇りらしいですよ。良かったですね、鬼灯様」

「そうですね。私の日頃の行いが良いからでしょう」

「えー」

「何です、そのえーは」

「いたた!アイアンクロー痛いです鬼灯様!」

「痛くしているんですよ」

明日は鬼灯様が大好きな動物園に行く予定なのだ。
今から張り切っていてちょっと怖い。
こういう方だから、お顔には出ないのだが、ウキウキした感じが滲み出ているとでも言おうか、とにかく嬉しそうなナニかを醸し出しているのは間違いない。

「動物園にいる鬼灯様って何かシュールですよね。ぶっちゃけ怖いです」

「今や仏像が自販機で売られている時代ですからね。動物園でキャスケット帽を目深に被った身長185pの男がハシビロコウを凝視していても何も不思議には思われませんよ」

「そうかなあ…」

「それより早くして下さい」

「はいはい」

ベッドに座ると、鬼灯様が膝に頭を乗せてくる。

「ちょっとひんやりしますよ」

私は用意しておいたウェットティッシュで鬼灯様の耳を丁寧に拭いた。
尖った部分から、耳たぶまでを、きゅっきゅっと拭き清める。

それから、耳かきを手に取り、耳孔の入口をカリカリと掻いた。
そのまま中へと差し入れて、浅い場所を同じように掻く。

「あまり汚れてませんね」

「そうですか」

鬼灯様の声が心なしか眠そうだ。
膝に感じる頭の重みが何だか愛おしく感じられる。
恐怖の大王みたいなこのひとが無防備になる、この瞬間が好きだ。

「もう少し奥までやって構いませんよ」

「はい、じゃあ失礼しますね」

今度は少し奥のほうまで耳かきを入れる。
鼓膜を突いてしまわないように気をつけながら、パリパリと薄皮を剥がしていく。
いくら丈夫で回復力の高い鬼神でも、鼓膜を突き破られれば痛いはずだ。

かりかり、コリコリと掻いていき、ある程度耳垢が取れたところで私は耳かきを置いた。
綿棒に持ち替え、先端にローションを染み込ませてから再び耳の中へ。
奥から手前へと、ぐるぐると綿棒を回しながら残った細かい耳垢を取っていく。

「終わりました鬼灯様。次は反対側をやります」

鬼灯様は無言で頭の向きを変えた。
目を閉じて非常にリラックスしているように見える。

私は再び綿棒から耳かきに持ち替え、反対側の耳掃除を始めた。
かりこり掻いて、綺麗にしていく作業は、やっていて楽しい。

「なまえさん」

「はい」

「貴女にこうして耳掃除をして貰っていると」

「はい?」

「まるで新婚夫婦になったような気がします」

うっかり鼓膜を突き破ってしまうところだった。

「な、何言ってるんですか、急に!」

「私がデレたらいけませんか」

「いけなくないですけど…びっくりしたあ…」

「私は寝ますので、後はよろしくお願いします」

「はあ…はい」

本当に驚いた。
突然のデレは心臓に悪い。

程なくして微かな寝息が聞こえてきた。
耳掃除を続けながらひっそりと笑う。

確かに新婚夫婦みたいだ。


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