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完徹して仕事を終えた昼過ぎ、私は閻魔殿にある大浴場に来ていた

この時間に大浴場に入る人は少ない。
殆ど貸し切り状態だ。
鼻歌を歌いながら頭と身体を洗い、のびのびと手足を伸ばして湯船に浸かる。

「はぁ…極楽、極楽」

地獄の底でも極楽気分になれるというのは良いことだと思う。
鬼灯さまの下で働いていると、どうにも手が抜けなくて休まずきっちり仕事をするはめになるので、こうした息抜きは重要だ。

たっぷり時間をかけて入浴してから大浴場を出る。
暑い。ちょっとのぼせてしまった。

「随分ご機嫌でしたね」

休憩室の扇風機の前で「あ"ぁ"ー」と声を出して涼んでいたら、聞き慣れたバリトンが聞こえてびくっとなる。

「ほ…鬼灯さま…」

「鼻歌を歌いながら入浴なんて余裕じゃないですか。もう少し残業をさせても大丈夫でしたね」

「いえいえ、もういっぱいいっぱいです」

「冗談ですよ。お疲れ様でした」

「鬼灯さまもお疲れ様でした」

どうやらこの上司も仕事の後の入浴を楽しんでいたらしい。
見れば、ほかほかと湯気がたちのぼっているそのお姿。
私は扇風機の前を譲って差し上げた。

「どうぞ」

「どうも」

扇風機の風に吹かれる艶やかな黒髪を羨ましく思いながら冷蔵庫へ歩いて行き、冷えた珈琲牛乳を取り出す。

「なまえさん、私にもひとつお願いします」

「はい、鬼灯さま」

私は冷蔵庫から珈琲牛乳をもうひとつ取り出した。
もしかして腰に手を当ててぐびぐび珈琲牛乳を飲む鬼灯さまが見られるのだろうか。

「やりませんよ」

ドキドキしながら珈琲牛乳を差し出すと、私の考えなどお見通しのようで、そう言われてしまった。

二人で珈琲牛乳をごきゅごきゅ飲む。

「やはり湯上がりはこれに限りますね」

「ですね」

「お礼にマッサージして差し上げましょう」

「えっ、いえいえ、そんなっ」

「遠慮なさらず。寝ろ」

「命令形!」

私は畳の上に座布団を敷いてうつ伏せに寝っ転がった。

「ここ、凝ってますね」

「はうあっ!」

いきなりツボに親指がグリッと入り、思わず変な声を上げてしまった。
反射的に仰け反った背を押し戻されて、ぐぐ、ぐぐ、と背中を押される。

「ここも、ほら」

「ぅ……んぁっ」

「まだ若いのに、かわいそうに」

ひどい、と抗議したいが、鬼灯さまの指がぐりぐりツボを抉るのでうめき声にしかならない。

「髪も艶がなくなってしまっていますよ。手入れは十分にしたほうがいい。人間は傷みやすいですからね」

何かどこかで聞いたような気がする台詞だ。
でも思い出せない。
というか、鬼灯さま、そこダメ…!

「ひっ、ぁッ!」

「よしよし、いい子ですからそのまま動かないで」

先ほどまでとは違う意図を持って鬼灯さまの手が妖しく蠢く。

その時だった。
話し声が近づいてきたのを聞きつけて、私に覆い被さっていた鬼灯さまが身体を離す。
私も慌てて身を起こした。

「あっ、鬼灯さま」

「お疲れ様です」

危なかった。間一髪、人に見られずに済んだ。
ガヤガヤと入って来た集団は休憩室の畳に上がると、お茶を淹れたり寝そべったりしてそれぞれ寛ぎ始めた。

「…鬼灯さま」

「続きはまた夜にでも」

流し目をくれて、鬼灯さまは涼しいお顔で休憩室を出て行った。

待って下さい。
この火照った身体どうしてくれるんですか。


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