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定時に上がれた私と違い、今日も鬼灯さまは遅くまで働いていらっしゃる。

「鬼灯さま、差し入れです」

「脳吸い鳥の卵ですか。ありがとうございます」

食堂で売っている脳吸い鳥の卵は、血の池地獄で温められた、いわゆる温泉卵だ。
手頃な値段で手に入るので、お昼に食べる鬼がいる一方、鉄臭いと言って嫌がる鬼もいるが、鬼灯さまはこれがお好きなのだ。

「ちょうど一息いれようと思っていたところでしたので、早速頂きます」

そうおっしゃって、慣れた手つきで殻を剥き、卵にかぶりつく鬼灯さまは……。
何と言うか……あれを連想させた。

卵を丸飲みする大蛇。

自分で差し入れておいてなんだが、怖い。
現世で知り合った友達が言っていたが、恐怖と愛情は同居出来るのだ。
だから、恋人なのに怖いと思うのも仕方のないことなのだ。

実際、鬼灯さまは怖い方だし。

それはまあ、そういうあれこれの時はお優しいのだけど。

いかんせん、普段が怖すぎる。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、鬼灯さまはぱくぱくと卵を食べて、あっという間に全部たいらげてしまった。
慌ててお茶を差し出す。

「どうも」

受け取った鬼灯さまはお茶を飲み、ふうと一息。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「いえいえ、お粗末様でした」

「私はあの卵が本当に好物でして」

「はい、あの?鬼灯さま、ちょっとお顔が近……近いですっ」

「お気になさらず。ほんのお礼の気持ちですから」

「いえっ、そんなお構いなくっ」

「黙って口付けさせなさい」

「パワハラ!」

「人がいない今のうちなんです」

「やだやだっ、誰か来たら困ります」

「だから今のうちに……ね?」

「イイお声で囁かれてもダメなものはダメですっ。だって鬼灯さま、あの卵食べたじゃないですか。だからちょっとお口が血生臭…」

「わかっていてやっているんですよ」

「嫌がらせ!」

「うるさい」

されてしまった。
半ば無理矢理に、ちゅーっと。

「うう…ひどい」

「ひどいのは貴女です。私との口付けを嫌がるなんて。傷つきました」

「私も傷ついてます……血生臭いのやだって言ったのに……鬼灯さまの鬼!」

「鬼神ですが何か?」

「ふえぇ…!」

「かわいこぶらないで下さい。今度は舌入れますよ」

「情緒も何もない!」

「私なりにムードを作っているつもりですが」

「……」

ガクリと項垂れた私の頭をよしよしと撫でて下さるのは良いのだが、なんだか腑に落ちない。

「好きでもない相手にキスしたいとは思いません。貴女が好きだからですよ」

「今更優しくしても遅いです…」

「すみません。ようやく恋人になれたので、少し浮かれてしまったようです」

「鬼灯さまが!?」

「私も男ですから」

「鬼灯さま……」

「だからもう一度キスさせなさい」

「血生臭いのは嫌です」

「わかっていてやっているんですよ」

「嫌がらせ!」

「うるさい」

さっきと同じパターンじゃないですか!

と言おうとしたら口付けられてしまった。
しかも、今度は深く。

「んっ、んっ」

鬼灯さまの舌が舌に絡んで、私の舌を吸い上げる。
牙が刺さりそうで抵抗出来ない。

「最初から大人しくさせておけば良いものを……貴女も大概強情な人だ」

「鬼灯さまの鬼…」

「その鬼に捕まったんです。諦めなさい」

鬼灯さまの舌が唇の端から一筋流れ落ちた唾液を舐めとる。
目がギラギラしていて怖いです、鬼灯さま。

「ここでストップするのはつらいんですよ。貴女も我慢して下さい」

「…ハイ」

「では、私は仕事に戻ります」

やっぱりなんだか腑に落ちない私を残して、鬼灯さまは仕事に戻ってしまわれた。

本当に、優しいんだか怖いんだか。


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