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私の仕事は基本的に定時に帰れるが、鬼灯さまのお手伝いをするために残業することも多々ある。
そのため、部屋の掃除や洗濯などの家事はお休みの日にまとめてやることが多い。

今日もそうして午前中の内に家事を済ませて、たまには凝った料理を作ろうと、出汁からこだわった和食の用意をしていたら、ノックの音が聞こえてきた。

「はい、どなたですか?」

「私です」

「鬼灯さま!?今開けます」

お休みの日にいらっしゃるなんて珍しい、とドアを開けると、いつもと変わらない様子の鬼灯さまがすたすたと中に入っていらした。

「良い匂いがすると思ったら、やはり料理中でしたか」

私がドアを閉めている間に鬼灯さまはさっさと台所まで歩いて行き、にんじんとゴボウのきんぴらを味見している。
止める間もあったものではない。

「嫌いじゃないですよ、きんぴら。唐辛子は辛いので入れないで下さい」

「食べること前提!?」

「ここまで来て食べさせないなんてあり得ないでしょう」

「まあ…いいですけど」

作り置きしておこうと思って多めに作っておいて良かった。

「脳みその味噌汁じゃなくてすみません」

「お構いなく。これもなかなか美味いですよ」

「アリガトウゴザイマス」

「何故カタコトなんですか。せっかく褒めているのに」

「はあ…」

「特に、この鯵の酢味噌がけなんて好きですね。たけのこのお吸い物も、えぐみがなくて飲みやすい」

「アリガトウゴザイマス」

「素直に喜びなさい」

大食らいなのは知っていたけど、よく召し上がるなあ。

しゃくしゃくもりもりと食べ続ける鬼灯さまを前に、私も自分の分の食事を食べる。
うん、美味しい。

私は時間をかけて食事をするタイプなので、鬼灯さまが倍以上の量を召し上がる間にちまちま食べていたら、殆ど同時に食べ終わった。

「ごちそうさまでした」

「いえいえ、お粗末さまでした」

お茶を飲んでまったりしている鬼灯さまに、私は不信感を拭えずにいた。

お休みの日にわざわざ何をしにいらしたのだろう?
何だか嫌な予感がする。

「早速ですが、これにサインをして下さい」

「書類ですか?それならお休みの日じゃなくても…!?」

鬼灯さまが懐から取り出して広げた紙を見てギョッとした。

「な、なんで婚姻届!?」

「結婚したいからに決まっているでしょう。さあ、ここに名前を」

「書きません!」

「チッ」

「舌打ち!?」

「わからない人ですね、貴女も」

鬼灯さまがずいっと身を乗り出して来たので、それを避けようと仰け反れば、上から鬼灯さまが覆い被さる形になってしまった。

「ほ…鬼灯さま?」

「貴女が欲しい。私の妻になって下さい」

「真剣なお顔でその冗談はきつすぎます!」

「私は本気です」

ぐっと言葉に詰まった私の顔の両脇に手を突いて囲い込んだ鬼灯さまが顔を近付けて来たので、咄嗟に横を向いたら片手で頬を包み込まれて前に向き直らされた。

「なまえさん」

「やっ…鬼灯さま…!」

「暴れると牙で怪我をしますよ」

言いながら、半ば強引に鬼灯さまの唇が私の唇に重ねられた。
ぬるりとした舌が唇と唇の隙間からねじ込まれて、怯えて縮こまっていた私の舌を捕らえて絡みつき、吸い上げられる。

「んっ、んーっ!」

「愛しています」

一度口を離したかと思うと、角度を変えて再び口付けられた。

「泣くのはやめなさい。いじめているみたいじゃないですか」

目の端に滲んだ涙を舌で舐めとられる。
何度も執拗にキスを繰り返される内に、強張っていた身体から力が抜けていく。

「ん、ぁ…?」

ふと気付くと、片手を掴まえられてペンを握らされていた。

「あっ!ちょ、何を…」

鬼灯さまは私の手にペンを握らせた上で、上から握り込んで婚姻届にサインをしてしまっていた。

「これでもう逃げられませんよ」

サインした婚姻届を素早く懐にしまいこみ、部屋を出て行こうとする鬼灯さまの足にしがみつく。

「いーやーでーすー!」

「チッ、強情な」

そのまま閻魔大王さまの所まで引きずって行かれた私を見て、大王さまがギョッとした顔をされていた。

この鬼神、何とかして下さい!


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