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簡単だ。
魔法など使う必要もない。
無防備に晒された白い頸(くび)に手をかけて、くびり殺してしまえばいい。

「………トム?」

ぼんやりとした声が僕を呼ぶ。
閉じていたはずのなまえの瞳がいつの間にか開かれて僕を見上げていた。
まだ夢現の合間を漂っているかのように半ば潤んだその瞳も気に入らない。
信頼しきっているといわんばかりに、無垢で無防備な瞳。

「眠れないの?」

柔らかそうな(実際、柔らかい)唇が、あやふやな口調で言葉を紡いだ。
この女は、抱かれた後はどうにも眠くてたまらなくなるようで、後始末をしている内に、大抵うとうとと微睡んでしまう。
自分がそうだから僕もそうだと思っているのだろう。
まるで子供だ。

「いいから寝ていろ」

「トムは?」

「もう少ししたら僕も寝る」

「じゃあ私も起きてる」

言うなり、むくりと起き上がる。
眠くて仕方がないくせに。
裸のままの肩が寒そうだったので、放り出されていた寝間着を拾って掛けてやった。
ところどころに赤い痕の残る肌が布で覆われ、隠されていく。
この女の身体で、僕の所有のしるしを刻んだことの無い場所は一つもない。

「有難う」

なまえは何が嬉しいのか笑っている。
やはりあの格好では寒かったのだろう。
真冬なのだから当たり前だ。

「今度からコトが済んで眠る時は、ちゃんと服を着てから寝ろ」

「うん、そうする」

素直に頷き、「なんだか喉が渇いたね」と呟いたなまえに、僕は水差しとグラスを取ってやった。
ベッドを共にした女を相手にしているというよりも、幼い子供の面倒を見てやっているような錯覚すら覚える。

「トムも飲む?」

「僕はいい」

グラスの水を飲み干してしまうと、なまえは可愛らしくあくびをした。
目を擦っている。
そろそろ睡魔も限界なのに違いない。

「ほら、来い」

ベッドに横たわってぽんぽんとシーツを叩くと、なまえは子犬か何かのように嬉々としてすり寄って来た。
当然のように僕の胸元辺りに身を寄せて目を閉じる。

「お休みなさい…」

直ぐに寝息が聞こえてきた。
殆どが寝間着に隠されてしまったその身体の、白い頸がまた目に入る。
簡単に折れてしまいそうな、細い頸だ。
命を奪うのは造作もない。
実に弱い生き物だ。
愚かな母のようにいつかこの女もあっさりと死んでしまうのだろうか?

僕を、独り残して。

そう考える度に身体が震えるのは、決して恐怖のせいではない。
激しい怒りのせいだ。

そんな真似は許さない。
もしも、どうしても命の終焉を迎えなければならなくなったならば、その時は、一つに繋がったまま殺してやろう。
痛みも苦痛も感じさせることなく、ただ快楽だけを与えて──

「…………、」

不意に、微かに何事か呟いて、腕の中のなまえがより一層胸元深くに潜り込もうとしたのを見た僕は、呆気にとられて毒気を抜かれた。
自分を殺す算段をしているとも知らず、暢気なものだ。
小動物めいて暖かい身体を抱き締め直して目を閉じる。
なまえの温もりと香りのせいか、その夜はひどく甘い夢を見た。



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