1/4 


大晦日のロンドン。
昨夜から降り続いている氷のように冷たい雪が、街を隅々まで白く覆い尽くしていた。
自分が生まれた夜にも、こんな風に冷たい雪が降っていたのだと聞いた事がある。
生まれたばかりの赤子を抱えた母もまた、身を切るようなこの冷気に凍えていたのだろうか?

煤けた煙突と埃で汚れた陰気な建物。
かつて彼が暮らしていた頃とまるで変わらない景色。
この壁の向こうでは、今も拠るべの無い子供達が、温情に満ちているとはとても言い難い幼少期を過ごしているのだろう。
相変わらずここは人間らしい温もりとは無縁の場所だと思いながら、トム・マールヴォロ・リドルは孤児院の石段を上っていった。


「まあ…本当に? こんな額の寄付を?!」

最近代替わりしたばかりだという孤児院の院長は、リドルが提示した金額に目を丸くして、驚きのあまり裏返った声で叫んだ。
老境にさしかかった痩せた顔の頬には、うっすら赤みがさしている。
リドルは極めて事務的な姿勢を崩さぬまま冷静に頷いた。
確かに経営難にある孤児院にとっては大金かもしれないが、今の彼にとっては大した金額ではない。

「申し上げたように、私はここの出身者です。御恩返しの意味もこめて、私と同じ境遇の子供達の為にこの金を役立てて頂きたい」

「それは…とても喜ばしいお話ですけれど……信じられないわ、本当にこんな大金を寄付して頂いてよろしいのですか?」

「勿論です。これで少しでも彼らの暮らしが良くなるのならば」

安い投資だ、とリドルは心中で続けた。
院長はまだ信じられないといった様子で、首を振り振り、トランクの中の大金を見下ろしている。
その後、金銭に関する手続きなどの事務処理を済ませてから、リドルは、彼が生まれ育った孤児院の事務所を後にした。
見慣れた風景を前にしても慕情は少しも湧いてこなかった。
彼にとっての真の故郷はホグワーツだったからだ。
この場所には何の未練もない。
今日この孤児院に寄付をしたのは、愛情に餓えていた子供時代と決別する為だった。

鉄製の簡素なベッドの上でみすぼらしい灰色の毛布にくるまりながら、どうして誰も自分を迎えに来てくれないのだろう、母は何故自分を置いて死んでしまったのだろう、と悩み、まだ見ぬ肉親を呪っていた少年はもういない。

孤児院を立ち去ったリドルは、その裏手から少し歩いた先にある教会の墓地に立ち寄り、そこでかねてから考えていた所用を済ませると、今度はその足でリトル・ハングルトンという名の小さな村へ向かった。



  戻る 
1/4

- ナノ -