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彼は愛について考える。

《愛》

彼が忌み嫌っている老魔法使い──ダンブルドアはソレの熱心な信者だ。
あの老いぼれは、愛こそがすべてに打ち勝つ、あらゆるものを超越する最高の力であると信じている。
その愛とやらが果たして何をしてくれただろう?
彼の母親はその愛ゆえに愚行を犯した。
マグルの男などを愛し、挙げ句の果てには身籠った状態で見捨てられ、息子をマグルの孤児院で産み落とすと、そのまま力尽きてしまった。
だから彼の身体にはマグルの血が流れている。
喩え身体中の血を抜き取って入れ替えたとしてもそれは変わらない。
変えられはしない。
血は肉。肉とは、この肉体を構成するすべてだ。
この身の半分はあの男から受け継いだもので出来ているのである。
忌々しいことに。
それが愛の結果だとするならば、やはり愛などというものは、彼には必要のないものだと思えた。

なまえに出逢うまでは。

しかし、彼に愛を教えたその少女は、今また他ならぬ彼女自身の存在によって彼に愛への疑念を抱かせていた。

「もう心配いりません。安静にしていれば大丈夫ですよ」

真夜中の医務室。
励ますように微笑んで校医が告げる。
促されるままカーテンの内側に歩み入ったリドルはベッドで眠るなまえの顔を覗き込んだ。
あどけない顔は蒼白く、そのあまりにも病人然とした顔色を見たリドルは思わず眉をひそめた。

「さっきまで苦しそうにしていましたけど、随分落ち着いたみたいですね。これなら聖マンゴに入院させなくても大丈夫でしょう」

そう言って、カーテンの外側へと出て行く校医の姿を見守り、再びなまえへと視線を移す。
危うく死にかけた。
今の彼女の状況を簡潔に表現するならば、まさしくその一語に尽きる。
この馬鹿は、この大馬鹿は、よりにもよって、このトム・リドルを庇おうとしたのだ。
弱く非力なくせに。
なんて女だ。

それにしても、まるで動かない。
息をしているのか疑問に思うくらいに。
指が白くなるほどきつく握りしめた拳をなまえの枕元について、そっと顔を寄せる。
微かに上下する胸元。
寄せた唇に感じる呼気。
大丈夫だ、ちゃんと息をしている。

──あの嘘つき爺め!
何が、愛は死に打ち克つ唯一の力、だ。
リドルはここにいない変身術の教授を全身全霊で呪った。
こんな風に自分の心を掻き乱した、ダンブルドアと少女への怒りで身体が震える。
怒りで、だ。決して動揺しているわけではない。
それが伝わったわけではないだろうが、なまえの長い睫毛が、ふるりと震え、ゆっくりとその瞼が開いた。

「……トム?」

緩慢な瞬きをして、彼の名前を呼んだなまえに、むやみやたらと腹が立つ。
とりあえず何でもいいから文句を言ってやろうと思って開いた口から出てきたのは、「愛している」という、何とも単純で陳腐な言葉だった。
少女の頬にぽつりと落ちた水滴。
微笑んだなまえが差し伸べた手が、リドルの瞳から溢れ出るそれを、優しくいとおしむように拭った。



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