──やっぱり! 慌てて玄関に駆けて行くと、旅行用の黒い外套を長身に纏ったリドルがちょうど中へと入って来るところだった。 真紅の瞳が不機嫌そうに細められてなまえを射抜く。 端正な顔立ちだけに震え上がるほど迫力があった。 「遅い」 「だ、だって、今手紙が届いたんだもの!」 出迎えが出来なかった理由を伝えると、リドルは「ああ…」と呟いて黒髪をかき上げた。 そうして、もう片手でなまえの腰を抱き寄せる。 冷たく柔かな唇が、頬に、次いで、くすぐったさに閉じられた瞼へと落とされた。 「距離があるから到着が遅れたのか。一番速い奴を、と頼んだのだが」 唇と唇が触れ合う距離でそう言ってから、今度は念入りに唇へと口付けを施す。 『ただいま』のキスにしては些か情熱的過ぎるそれに、なまえはリドルの外套の腕に縋りついて、震える身体を何とか支えた。 なまえの腰に回されていないほうの腕が、優しく髪を撫でて、そのまま背中をするりと撫で降ろす。 「……ん、んっ…」 「『お帰りなさい』は?」 「おか…お帰り、なさい───あなた」 赤くなったなまえの顔を至近距離で眺めて、リドル満足げに唇の端を吊り上げて笑った。 「新妻を自宅に残して外国に出張させる魔法省の気が知れないな。新婚生活を破綻させようとしているとしか思えない」 ひょいとばかりに軽々となまえを抱き上げたリドルが、大股に歩き出す。 ホグワーツを卒業して直ぐに、彼は魔法省からの誘いに乗る形で国際魔法協力部へと就職した。 才能を買われた人間特有の出世街道・エリートコースのお決まりの道程であるとは言え、今の役職に不満があるようだ。 もう既に執行部への転属の話が出ているらしいから、もう暫くの辛抱だとはいえ、出張の多い仕事は新婚の二人には辛い。 しかし、そんな風にノロケともとれる言葉を彼が口にするのは珍しくて、なまえはリドルの首に縋りながら、くすぐったそうに笑った。 「本当。寂しくて死んでしまうかと思ったわ」 「欲求不満で、の間違いだろう」 寝室のドアを無言呪文で開きながらリドルが笑う。 「そ…そんなにガツガツしてないもん!」 「どうかな。それはこれから直接お前の身体に聞いてみるとしよう」 さて…どうやって可愛がってやろうか。 愉しげな光が紅い瞳の中で燃えているのを見て、学生時代にとある魔法性物を用いた体験によりトラウマを抱える身であるなまえは、イヤイヤと首を振って訴えた。 「ナマコは嫌っ!ナマコは嫌っ!!」 「分かった、分かった。今日は使わない」 「明日も嫌っ!」 「分かった、分かった。明日も使わない」 魔法界を震撼させる闇の帝王に至る道から、愛妻を飴と鞭で巧みに調教しつつ可愛がる将来の魔法省大臣となる未来へ。 最悪の結末こそ回避したものの、リドルは相変わらずサディストだった。 |