「おはよう」 深みのある美声が鼓膜を震わせる。 遥かな距離を隔てていてもなおその威力は健在だった。正確無比に私の心臓を撃ち抜いて来るのだから、さすがスナイパーといった感じだ。 「おはようございます」 向こうはいま何時だっけ、と時差を計算する。 「18時過ぎだ」 と、私が答えを出す前に赤井さんが教えてくれた。相変わらず鋭い洞察力をお持ちでいらっしゃる。 「日本は蒸し暑いだろう。体調を崩してはいないか」 「実はちょっと夏バテ気味です」 「あまり無理はするなよ。どうしてもつらい時は病院に行ってくれ」 「はい、ありがとうございます」 優しいですね赤井さん、と言えば、君にだけだと甘やかな答えが返ってくる。 彼がアメリカに発つ時、一緒に来ないかと誘われたが、私は答えられなかった。 いまもまだ答えが出せずにいる。 関係を持ったのは一度だけ。それも極めて特殊な状況下だったので、カウントには入らないかもしれない。 でも、その甘い時間は確実に私達の関係に大きな影響を与えた。 「降谷くんとは逢っているのか?」 「いえ、お忙しいみたいで、あまり」 「そうか」 「赤井さんもお忙しいでしょう」 「そうでもないさ。こうして君と話をするくらいの時間はある」 優しい人だ、とつくづく思う。 日本に独り残してきた恋人を気遣うようなその優しさが、私を癒してくれるのと同時に焦りも生み出すのだ。 私に赤井さんの愛情に応える資格はあるのだろうか。 ジョディさん曰く、散々女の人を泣かせてきたらしいから、少しくらい振り回しても大丈夫よとのことだけど。 「朝早くにすまなかった。くれぐれも無理せず身体を大切にしてくれ」 「赤井さんも、お元気で。無理してまた新一くんに怒られないように」 「肝に命じておくよ」 また連絡する、と優しい声で言って、赤井さんは電話を切った。 私も通話を終えて、ふうと息をつく。 窓の外には、青い空と白い雲。 今日も暑くなりそうだ。 |