涼しい夜風に吹かれながら、私は神社の階段の下で昴さんを待っていた。 階段の上からは祭り囃子が聞こえてくる。 親子連れの向こうから歩いて来る姿を見つけて手を振った。 それに応えて昴さんが軽く手をあげる。 「すみません、なまえさん。待たせてしまいましたね」 「大丈夫です。私も今来たばかりですよ」 お互いに時間前行動だったので、まだ待ち合わせ時間前だ。 「昴さん、浴衣姿素敵です」 「それは僕の台詞ですよ。今日の君は一段と綺麗だ」 「ありがとうございます」 外見上はあくまでおしとやかに、心の中では、やったねとガッツポーズ。 浴衣を吟味し、まとめ髪の本を手に、鏡の前でああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返した努力が報われるというものだ。 昴さんも浴衣姿だった。 漆黒の浴衣に、夜目にも鮮やかなえんじの帯。 首元には藍染めのストールを結んでいる。 すっきりと伸びた首やうなじが隠れてしまっているのは残念だが、これはこれで凄くお洒落でセンスがいい。 「では、行きましょうか」 ごく自然に手をとられて繋がれる。 こういうところがとてもスマートで素敵なのだが、女性慣れしているとも感じる。 元カノの存在が気になるところだ。 昴さんはあまり自分のことを話したがらないので突っ込んで聞いたことはないけれど、きっと二人くらいは過去にお付き合いしていた人がいただろうと思う。 「僕の過去が気になりますか」 ズバリと言い当てられてギクリとなる。 この人の観察力や勘の鋭さを失念していた。 「今は君だけを見つめています。他のどんな女性も目に入らないくらいに」 「昴さん…」 「それでは不満ですか」 「いいえ、嬉しいです」 繋がれた手の感触を確かめるように指を絡める。 俗に言う恋人繋ぎになったのを見て、昴さんが小さく笑った。 「随分可愛らしいことをしますね、君は」 「ダメですか?」 「いえ、大歓迎です」 それから二人して階段をのぼった。 沈黙さえも心地よい。 石段を上りきると、参道を挟んで屋台が連なっていた。 金魚すくいに、ヨーヨー釣り、射的に、輪投げなどなど、懐かしい夜店が軒を連ねている。 「何かやりたいものはありますか?」 「射的がいいです。あのぬいぐるみ欲しいなあ」 射的の一番大きい景品であるぬいぐるみを見て言うと、昴さんは、ふっと笑った。 「それなら僕に任せて下さい」 「えっ、とってくれるんですか?」 「こう見えて射的は得意なんですよ」 昴さんは代金を払うと、慣れた手つきで台の上に置かれた玩具のライフルを手に取って何かを調べ始めた。 そうして、その中から一番良さそうだと思えるライフルを手に取って、構える。 その姿に一瞬ドキッとした。 気迫が違うというか、自然と息をつめて見守ってしまう空気が漂っている。 ポンッ! ライフルから発射された弾は真っ直ぐ獲物に向かい、あやまたずそれを撃ち落とした。 「凄い!昴さん凄いです!」 周囲からもワッと歓声と拍手が巻き起こり、私の腕の中には景品のぬいぐるみが収められた。 「ありがとうございます」 「どういたしまして。なかなか狙い甲斐のある獲物でしたよ」 昴さんは冗談も上手だ。 私が笑ってぬいぐるみを抱きしめると、「少し妬けますね」なんて言うのだから。 片腕にぬいぐるみを、もう片手で手を繋いで参道を歩いて行き、御詣りを済ませた。 そして再び、並ぶ屋台の中へ。 「何か食べましょうか」 「あ、チョコバナナが食べたいです」 「いいですね。ああ、あそこにありますよ」 チョコバナナはスタンダードなミルクチョコに、カラフルなチップが付いたものだった。 「美味しいですね」 「そうですね。おや、チョコがついていますよ」 「え、どこですか?」 拭おうとあげた手を、手首を掴まれて制される。 昴さんの顔が近づいてきたと思ったら、唇をぺろりと舐められた。 「甘いですね」 「す、昴さん!」 その後も、屋台を巡って楽しく過ごした。 帰りは送って貰ったのだが、 「夕食食べて行って下さい」 と昴さんを誘って家に上がってもらった。 食べたのは夕食だけだったのか。 というのは秘密にしておこうと思う。 |