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「赤井さん禁煙に成功したんですね」

朝食に使った食器を洗いながら言えば、コーヒーを飲みながらタブレットでニュースサイトをチェックしていた赤井さんが顔を上げた。
まだ『沖矢昴』の変装はしていなくて、素の赤井さんのままだ。
トレードマークのニット帽も被っていない。

「何故そう思った?」

「煙草の匂いがしなくなったから。昴さんとして最初会っていた時にはまだ少し匂いがしていたのが、最近は全く匂わなくなったのでわかりました」

「そんなに煙草臭かったか?」

「煙草を吸わないと少しの匂いでもわかるものなんですよ」

キュッと水を止めて、タオルで手を拭う。
洗い終えた食器を拭き始めた私を、赤井さんは何故か微妙な顔をして見ていた。
そんなにおかしなことを言ったかな。

「女性は些細な変化に気付くものなんだな」

「FBIになれますか?」

「ああ。射撃なら俺が教えよう」

赤井さんが大真面目に言うので思わず笑いそうになってしまった。

「冗談です。私にはとてもFBIのお仕事なんて務まらないですよ」

「そうだな」と言って赤井さんはコーヒーカップを置いた。

「確かに、お前には家で待っていて貰うほうが合っている」

「はい、ちゃんと待ってます」

それで穏やかな朝の時間は終わり。

今日は仕事があるという赤井さんが支度を終えたのを見届けて玄関から送り出す。

「あ、そうだ」

私がそう口にすると、もう昴さんの変装を済ませた赤井さんが振り返った。

「さっきの話、匂いだけじゃないんです」

「匂いだけじゃない?」

「キスの時、煙草の味がしなくなったから。だからわかったんです」

「なるほど」

フッと笑った赤井さんが私の腰を引き寄せる。
ちょっと背伸びをしてキス。
てっきり触れるだけのものかと思いきや、舌が入ってきたのでびっくりして目を開けた。
赤井さんの目と目が合い、唇が離される。

「味の違いはわかったか?」

「…わかりました」

「そうか」

表情こそ変化はないが、明らかに声が笑っている。
悔しい。遊ばれた。

「それでは、行ってきます、なまえさん」

「行ってらっしゃい。気をつけて」

玄関のドアを開け、昴さんに扮して行ってきますの挨拶をする赤井さんを、精一杯の笑顔で見送る。
それが唯一私に出来ること。

ジョディさん達のように共に戦うことは出来ない。
コナンくんのように類い稀な頭脳で助けてあげることも出来ない。

そのことを歯がゆく感じる。
私に赤井さんを守れるだけの力があったら良かったのに。

もう少ししたら、赤井さんは仲間と合流して昴さんの変装を解いて赤いマスタングに乗り換えるのだろう。
命がけの任務をこなすために。

「無事に帰って来て下さいね」

閉められた玄関ドアに背を預けて呟く。

この祈りにも似た想いが赤井さんを守ってくれることを願いながら。


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