いつも最後の講義は眠くて仕方ないのだが、今日はぱっちり目が覚めていた。 もちろん、その後にお楽しみが待っているからだ。朝からずっとワクワクしていた。 ようやく講義が終わり、メイクを直して身支度を整えてから急いで建物を出る。 安室さんに終わりましたとメールして校門に向かうと、まるでこちらの動きを見透かしたようなタイミングで白い車が目の前に停まった。 安室さんのRX-7だ。 「迎えに来ましたよ、なまえさん」 「凄い。時間ぴったりですね」 「大学の時間割と君の行動を考えれば大体わかりますよ。さあ、乗って」 「はい、お邪魔します」 助手席に乗り込むと、車は滑るように動き出した。 ここまで何分もかかっていない。 改めて無駄のないその行動力に感心する。 「何を考えているんです?」 「安室さんに惚れ直していました」 「それは嬉しいですね」 ハンドルを握った安室さんが笑う。 目的地に着くまでの車内も楽しいものだった。 他愛のないお喋りをしている内にあっという間に到着した感じだ。 人を飽きさせない巧みな話術はさすがだと思う。 「着きましたよ。まずは軽く食べましょう」 「はい」 ベイエリアにあるこの温泉施設は、温泉をはじめとして、食事処などを備えているということだった。 「あ、バイキング形式なんですね」 「何を食べます?」 「せっかくなので和食を中心にいこうかなと」 「いいですね。僕もそうします」 二人で皿に料理を取り分け、テーブルに着く。 食事処の内装が和モダンを意識したものなので、まるでそういうレストランに来ているかのように錯覚する。 しかし、あくまでメインは温泉だ。 食事をしている人達の多くは浴衣姿で、既に温泉を堪能してきたようだった。 「なかなかでしたね」 「はい、美味しかったです」 「では、着替えましょうか」 ホテルならフロントにあたる場所でチェックインして、ずらりと浴衣の並べられた棚の前へ移動する。 結構種類が多くて目移りしてしまう。 「うーん…」 「迷ってますね。僕が決めてもいいですか?」 「是非お願いします」 安室さんの言葉に、私は一もニもなく飛び付いた。 安室さんの好みもわかるし一石二鳥だ。 「では、これで」 「ありがとうございます」 安室さんに渡された浴衣を胸に抱き、お礼を述べる。 安室さんも自分用の浴衣を手に取ったので、一旦分かれて着替えてくることに。 「お待たせしました」 「ああ、やっぱりよく似合っていますね。可愛いですよ」 「安室さんもいつも以上にイケメンです」 冗談抜きで本当にかっこいい。 濃紺の浴衣に黒い帯が安室さんの明るい髪の色に映えてとても良く似合っている。 安室さんに連れられて、エレベーターで最上階へ。 「わあ…!」 「いい眺めでしょう。これを見せたかったんです」 ここからだとベイエリアが一望出来る。 灯りが瞬き始めた夜景は美しく、感動的ですらあった。 安室さんがカクテルを持って来てくれたので、早速足湯に浸かりながら乾杯する。 足湯は気持ちいいし、カクテルは甘くて美味しいし、隣には安室さんがいてくれるし、目の前には絶景。 最高の気分だ。 「今日は連れて来て下さってありがとうございました」 「僕のほうこそ。君の時間をくれて嬉しいですよ。ありがとうございます」 「安室さんに誘われたら何処にだって行きますよ」 「じゃあ、泊まっていきましょうと言ったらどうします?」 「えっ」 「ここ、宿泊も出来るんです。もう部屋を取ってあると言ったら、君は着いてきてくれますか」 「安室さん…!」 真っ赤になってあたふたしていると、安室さんが吹き出した。 「冗談です。ちゃんとおうちに帰して差し上げますよ、僕の大事なお姫様」 残念なような、安心したような、複雑な気持ちだ。 でも、今度誘われたらきっと── 「ここからは花火も見えるんですよ。今度は花火大会の時に来ませんか」 「はい、是非!」 私は赤くなった顔を誤魔化すように残っていたカクテルを飲み干した。 そんな私を安室さんが優しい眼差しで見つめていたのも知らずに。 |