「落ち着いて下さい!もう大丈夫です!」 安心させるように私に話しかけながら、その男性は私の両手首を拘束していたガムテープを剥がしてくれた。 「いま助けますからね!」 口に貼られていたガムテープも剥がされる。 助かったと安堵したのも束の間、男性の背後にあの男が立っているのが見えた。 不気味に光るメスが振りかざされる。 「危ない!」 鮮血が飛び散り、悲鳴をあげたところで目が覚めた。 「夢か……」 はあ、とため息をつく。 枕元に置いてあったスマホを手に取って気が付いた。 いまの夢、いつも見ていた広告にそっくりだ。 脱力しながら支度に取り掛かる。 今日は金曜日。 今日頑張れば、明日から連休だ。 一週間よく働いたなあと、疲労がピークに達した身体でしみじみ思う。 連休はゆっくり休んで鋭気を養おう。 身支度を終え、自宅を出る。 そこで私の意識は途切れた。 「ここは……」 目を開けて最初に映ったのは見知らぬ天井だった。 身体が重いのは、何かの薬を使われたからなのか。 「気が付きましたか」 「ひっ!?」 誰かの声が聞こえて、びくりと身体が跳ねる。 全く人の気配を感じなかったのに。 見れば、黒衣の男がベッドの傍らに座っていた。 「だ……誰?」 「私は赤屍蔵人と申します。ずっと貴女を見ていましたよ」 「わ、私を……?」 「ええ。貴女だけを、ずっと……ね」 何がおかしいのか、クスクス笑う。 ダメだ。この男は危険だ。 何とかしてここから逃げなければ。 「あの、私帰りますっ」 「帰る?おかしなことを仰るのですね。ここが貴女の家だと言うのに」 薄笑いを浮かべる男に、私は背筋がゾッとするのを感じた。 どうしよう。 本当の本当にヤバい人だ。 お巡りさん助けて!と叫びたくなるのを必死に堪える。 「ここには何でも揃っていますよ。貴女に不自由はさせません」 「でも……あの……」 「貴女を愛しているんです。もう二度と離れ難いほどに」 「そ、そんなことを言われても」 「貴女が素直になって頂けないなら、貴女のご家族やご友人に危害が及ぶかもしれませんねぇ」 「きょ、脅迫!」 「それほど貴女を欲しているということですよ」 赤屍と名乗った男は、艶やかな声でそう告げると、おもむろに立ち上がった。 思わずビクッとなってしまった私に優しく微笑みかける。 「お腹がすいたでしょう。食事を運んで来ますので、少し待っていて下さい」 「食事……」 誘拐犯の用意した食事なんて。 そう思ったものの、意思に反してお腹がぐうと鳴った。 「すぐ用意します」 クスッと笑った男が部屋から出ていく。 「そちらがトイレで、奥のドアがバスルームです。自由に使って下さい」 ドアのところでそう言い置いて、彼はドアを閉めた。 カチリと鍵が掛けられた音を聞き、じわりと絶望感が広がっていく。 念のためトイレとバスルームも確認してみたが、脱出出来そうな窓はなかった。 完全に監禁されてしまった。 誰かが私がいなくなったことに気付くまでどれくらいかかるだろう。 警察がここを見つけるまでにどれくらいかかるだろう。 考えれば考えるほど絶望的だった。 「安室さん……」 思わず大好きな人の名前が口をついて出る。 と、その時だった。 「なまえさん!」 ドカッとドアを体当たりで開けたらしい安室さんが飛び込んで来たのは。 「安室さん!?どうしてここに……?」 「それより、怪我はありませんか?」 「大丈夫です。薬で眠らされていたみたいで、身体がちょっと重い感じがしていますけど」 「そう、ですか」 安室さんにきつく抱きしめられる。 「貴女が無事で良かった」 「安室さん……」 「貴女に何かあったら、僕は」 「そこまでです」 全身総毛立つほど冷たい声が聞こえた。 安室さんが、さっと私の前に立ち塞がる。 「彼女から離れて頂けますか。不愉快です」 「黙れ。自分が何をしたかわかっているのか」 「もちろんです。愛する人を傍に置きたいと願うのは、当たり前のことではありませんか?」 「もうすぐ警察が来る。大人しく罪を認めろ」 「警察、ねぇ……死体の山が増えるだけだと思いますが」 警察が来ると聞いても、男の余裕は崩れなかった。 安室さんがかつてないほど緊張しているのが伝わってくる。 それほど危険な相手だと言うことか。 「いまなら見逃してあげますよ。彼から離れてこちらに来なさい」 赤屍蔵人が私に向かって手を差し伸べる。 「行っては駄目だ」 安室さんが私を引き止める。 「僕が必ず守ります。信じて下さい」 「このままでは、彼は間違いなく死んでしまいますよ。助けたければ、私のものになりなさい」 いつの間にか赤屍の手には不気味に光るメスが握られていた。 あの夢が甦る。 もし、あの夢のように安室さんが殺されてしまったら、私は……。 どうしよう。どうすればいいの? |