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寝苦しい夜だった。
熱帯夜と呼ぶには及ばず、だが、じめじめと湿り気を帯びた空気が身体にまとわりつくせいでなかなか寝付けない。
ストロベリー・ムーンから二晩経った月はまだ丸く、赤く。夜の静寂を照らしていた。

「アイスでも買いに行こう…」

呟いて、パジャマ代わりのTシャツを脱いだ。
どうせすぐそこだからと、ルームウェアの簡素なワンピースに着替えて、財布とスマホと鍵だけ持って家を出る。
歩いて五分もしない内にコンビニに行き着いた。

真っ先にアイスのコーナーには行かず、何となく本のある棚に足を向ける。
発売されたばかりのファッション雑誌を手に取り、パラパラと捲っていると、ガラス越しに目の前の駐車場に赤いスバル360が入って来て停まるのが見えた。

「えっ」

思わず声が漏れる。
車から降りて来たのはやはり昴さんだった。
どうして、と思う内に彼が店内に入って来る。
雑誌を手にしたまま呆然としている私の前にやってきて、

「いけませんね。女性がこんな夜中に出歩いては」

などと軽いお説教をかましてきた。
正真正銘、昴さんだ。

「何だか眠れなくて」

「確かに寝苦しい夜ですね」

「昴さんはどうして?」

「アイスでも買おうかと」

見れば、今日もやはり首元を隠すかのようにハイカラーのシャツを着込んでいる。
それには触れず、「私もです」とだけ告げた。

「奇遇ですね」

「そうですね」

二人で連れだってアイスのコーナーに行き、それぞれ棒アイスを選んでレジで代金を払った。

「僕の車の中で食べましょう」

蚊に刺されるといけないからと、やや強引に助手席に押し込められる。
車の中は暑くもなく、涼しくもなく、ちょうどいい気温だった。

やっぱり車はいいな。
私は免許はあるが自分の車を持っていない。
実家に帰れば必ず母に足がわりにされて父の車を運転させられるのだが、まだペーパードライバーの域を出ることが出来ずにいた。
小さくてもいいから自分の車がほしい。
そう思うのも、昴さんの車が居心地がいいからかもしれない。
何だか落ち着く。
まるで守られているようで。

「僕のも一口食べますか?」

そんなに羨ましそうな顔をしていたのだろうか。
昴さんが自分のアイスを差し出してくる。
断るのも失礼な気がしたので、ほんの一口だけ頂いた。
美味しい。
私も溶けない内に自分のアイスを食べてしまわないと。

先に食べ終えた昴さんは、私がアイスを食べるのをじっと見守っていた。

「美味しかったですか?」

「はい。あ、昴さんにも一口あげれば良かったですね、すみません」

「いえ、大丈夫ですよ。こちらを頂きますから」

昴さんの大きな手が私の顎を捉える。
そうやって手を少し下に引けば、自然と口が開く。
身を乗り出すように身体を傾けてきた昴さんに口付けられた。
いきなり最初から深く唇を重ね合わせて、舌で舌を撫でられる。
いつもは熱く感じる舌が、さっきまでアイスを食べていたせいか、甘くて冷たい。

「ん…ん、…ふ…」

合わせた唇の隙間から甘ったるい声が漏れる。
ワンピースの背中を撫でられて、その優しい手つきに甘えたくなる。
昴さんが持つ大人の包容力のようなものに身を預けてしまいたくなる。

「ぁ……」

唇が離れて行くと、つい物足りなそうな声が出てしまった。
今度は触れるだけのキスをされる。

「狼に食べられない内に帰りなさい。送って行きますよ」

そう言って昴さんは車のエンジンをかけた。
シートベルトを締め、車をバックさせて駐車場から出る。
舌の根に残るほのかな甘さを味わいながら、私は助手席のシートに深く身を沈めた。

送り狼になってくれてもいいのに。


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