7月も半ばを過ぎたというのにまだ梅雨が明けず、東都は今日も朝から雨だった。 その代わり暑さは一時的におさまっている。典型的な梅雨寒だ。 カーディガンが必要なようなそうでないような微妙な気温なので困る。 とりあえず講義室の中では羽織っておくことにした。 「苗字さん、ちょっといいかな?」 「えっ、私?」 相手が頷いたので仕方なく後について講義室を出る。 見覚えはあるが、ゼミが違うのであまり接点がない人だ。 何故呼び出されたのかわからないままついていくと、空き教室に入って行った。 「あの…」 「ああ、ごめん。急に呼び出して。えっと…その…うわ、照れるな」 彼はそわそわしていたが、やがて意を決したように私を見た。 「好きです、俺と付き合って下さい」 「ごめんなさい」 「即答!?いや、ちょっと待って、少し考えてみてよ!」 「お付き合いしてる人がいるので」 「まじ?同じ学部の奴?」 「東都大学工学部の院生の人です」 「最高学府の院生かよ……きっついなあ」 あからさまにガッカリした様子を見せる相手に同情はしたものの、出来れば早く立ち去りたかった。 「本当にごめんなさい」 「あ、うん…」 そそくさと教室を出ると、まるで見計らったかのようなタイミングでスマホが振動した。 ポケットから出して見ると、昴さんからの着信だ。 急いで電話に出る。 「もしもし、昴さん?」 『こんにちは、なまえさん。今大丈夫ですか?』 「はい、ちょうどいいタイミングでした」 『そうですか。こちらもちょうど手が空いたので、車でお迎えに行こうと思ったのですが、どうでしょう?』 「ありがとうございます、助かります」 『では、また後で』 「はい、待ってます」 通話を終えて、はあ、と息をつく。 昴さんの声を聞くと、嬉しいけどまだ少し緊張する。 「今の彼氏?」 突然後ろから声をかけられてびっくりして振り向くと、さっきの男性が立っていた。 「そうです」 「そっか…迎えに来てくれるなんて、まじでいい感じなんだな」 どうやら会話の様子を観察していて、つけ入る隙がないか伺っていたらしい。 この時点でかなりカチンと来ていたのだが、どうせならきっぱりはっきり諦めてもらおうと思いたった。 「今から迎えに来てくれますよ」 「へえ、じゃあ拝見しようかな」 案の定ノって来た。 図々しいタイプみたいなのでそうくると思った。 微妙な距離を置いて外に出る。 外はまだ雨が降っていた。 レインシューズで来たけれど、この降り方だと足元に水が跳ねて汚れそうだ。 だから雨はあまり好きじゃない。 昴さんはどこか近くで待機していたのか、すぐに現れた。 いつもの赤いスバル360が見えるとほっとした。 振ったばかりの相手と一緒にいるというのは精神的にあまりよくない。 「昴さん!」 「お待たせしました。…おや、彼は?」 「苗字さんと同期の佐藤です」 「なまえさんのお友達でしたか。沖矢昴といいます」 「行きましょう、昴さん」 助手席のドアを開けて貰って車に乗り込む。 シートベルトを締めると、佐藤くんが窓をノックした。 「お幸せに」 口パクで言われた言葉に、「ありがとう」と返す。 「納得してくれたみたいで良かったですね」 「えっ」 昴さんが車を発進させる。 ハンドルを切って大学の敷地内から出たところで、我慢出来ずに尋ねてみた。 「どうしてわかったんですか?」 「彼に告白されたことが、ですか?それは見ればわかりますよ」 「そういうものですか…」 「ええ、そういうものです」 ところで、車が向かっている方向が違う気がするんですが。 片手でハンドルを持ち、片手で眼鏡のブリッジを上げて昴さんが微笑む。 翠緑の瞳を愉しそうに光らせて。 「明日は三限目からでしょう。君が誰のものなのか、じっくりお話しようと思いまして」 もちろん、ボディトークのほうだった。 |