深夜。 コンテナが積まれた港の倉庫街で人目を忍んで会っている男達がいた。 片方は重そうなトランクを持ち、いかにもな容貌の持ち主だ。 その二人が見下ろせる場所、離れたところにある高いビルの上、そこにはアークティクウォーフェア・ライフルを構えている赤井秀一がいた。 暗視スコープを覗き込みながら、素早く引き金を引く。 真っ直ぐに放たれた弾丸は標的を射抜き、男はその場に倒れ伏した。 取引相手が慌てて逃げ出すのを確認してから暗視スコープから顔を上げた赤井は、スマホを取り出して耳に当てた。 「対象は沈黙、オールクリアです」 「ご苦労だった。また連絡する」 「了解」 通話を終え、スマホをしまう。 ライフルバッグを肩に担いだ赤井はその場を後にした。 撃たれた男はまだ息がある内に同僚が連行していくだろう。 良からぬ取引の証拠とともに。 仕事を終えた赤井の足は自然となまえの部屋に向かっていた。 盗聴器からは何もおかしな音は聞こえてこない。 なまえは大人しく眠っているようだ。 合鍵で部屋に入ると、赤井は真っ直ぐベッドに向かって歩いて行った。 そこには、何も知らずに眠るなまえの姿があった。 彼女の瑞々しい肉体を包んでいるのは、簡素なデザインのTシャツと短パンだ。 一見すると色気がない組み合わせに見えるが、若くしなやかな四肢や、呼吸に合わせて上下する胸の膨らみが男の欲をそそる。 健全で健康的な色香とでも言おうか。 とは言え、眠る相手に無体をはたらくつもりはない。 その無垢な寝顔に癒されるのを感じながら、ベッドに腰かけ、優しく髪を梳く。 「……ん……」 小さく声を漏らしたなまえが寝返りをうち、仰向けになった。 一瞬起こしたかと思ったが、大丈夫なようだ。 ふ、と唇を綻ばせた赤井は、うっすらと開いたなまえの唇に己の唇を重ねた。 何度もついばみ、甘い唇を味わう。 「ん、…昴さん…」 なまえが呟いた言葉に、思わず動きが止まった。 沖矢昴。 それは死んだことになっている赤井の仮の姿だ。 なまえと初めて出逢ったのも、なまえと初めて結ばれたのも、『沖矢昴』だった。 だから、彼女が“彼”の名前を呼ぶのはおかしなことではないのだが。 「まさか、自分自身に嫉妬する日が来るとはな…」 苦笑してなまえの唇を指でなぞる。 愛しい、愛しい、恋人。 いつかこの唇から、本当の自分の名前を紡がせてみせる。 それまでは。 『沖矢昴』として彼女を夢中にさせていよう。 真実を明かすが日が来ても逃げられないように。 スナイパーは狙った獲物を逃がさない。 ゆっくりじっくり待って確実にしとめるから、一度捕まったら簡単には逃げられない。 「Good night…have a sweet dream」 厄介な男に惚れられたな、となまえの髪を梳いて赤井は音もなくその場から立ち去った。 微かな煙草の香りだけを残して。 |