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いつものようにポアロにやって来たのだが、今日は何だか少し様子が違う。
気のせいか若い女性客が多いような…?

「ああ、いらっしゃいませ、なまえさん」

店内を見て首を傾げた私に安室さんが声をかけてくれる。
奇跡的に一つだけ空いていたカウンター席に座ると、

「これをどうぞ」

何やら可愛らしくラッピングされた包みを渡された。

「今日は女性客の方にホワイトデーのプレゼントを配っているんです」

ああ、なるほど。
それで女性客が多かったのか。

「ありがとうございます」

「いえ、いつもお世話になっているお礼ですよ」

にこにこと微笑みながら安室さんはコーヒーを注いでくれた。

「中身は何ですか?」

「それは帰ってからのお楽しみということで」

人差し指を口元で立ててウインクする安室さんに、こんな仕草も似合う美人が29歳で公安のエースだなんて凄い話だとつくづく思う。
部下を率いる身でありながら、喫茶店のウェイターまでこなしてみせるのだから本当に凄い。

「というのは冗談で、アーモンドとローズマリーの二種類のクッキーです」

「まさか…安室さんの手作りですか?」

「ええ、結構な数を焼いたのでなかなか大変でした」

お菓子作りも器用にこなすなんて、完璧にも程がある。
その多彩なスキルと臨機応変に動ける判断力や行動力を買われて組織に潜入捜査をすることになったのだろうか、と密かに納得した。

「ところで、今夜は予定はありますか?」

安室さんが上体を傾けるようにして耳打ちしてくる。

「実は、クッキーとは別にお返しを用意してあるんです。店では渡せませんから、後ほど貴女の家にお伺いしたいのですが」

「あ、は、はい、喜んで」

ふふ、と小さく笑った安室さんの吐息が耳をくすぐる。

「良かった。楽しみにしていて下さいね。なまえさんのためだけに特別に選んだお返しですから」

どうしよう。
これは期待しても良いのだろうか。
というか、期待せずにいられない。
なんて罪な人だろう。
こんなに乙女心をかき回すなんて。

「すみませーん」

「はい、ただいま参ります」

テーブル席の女性客からお呼びがかかり、安室さんは私から離れてそちらへ向かった。

テーブルを拭いて飲み終えたカップを片付けていた梓さんと目が合う。
すると、にっこり微笑まれた。
さりげなさを装って彼女が素早く近づいてくる。

「良かったですね、本命のお返しを貰えて」

梓さんにひそひそと耳打ちされ、私は赤くなった。

「いえ、そんなっ」

「ダメダメ、バレてますよ。安室さん、今日早上がりするってシフトを調整してましたから。ああ、なまえさんの所に行くんだなって」

にこにことそんなことを言われ、思わず安室さんを見る。
コーヒーを出して戻って来る途中だった彼は、意味ありげに微笑んでカウンターの中に入って行った。

梓さんの優しい視線がつらい。

私は誤魔化すようにコーヒーを飲み、むせて咳き込んだ。

今日は早めに帰って部屋を片付けておかないと。


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