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突然の雨に、慌てて近くにあったダニーズに飛び込んだ。

幸い、殆ど濡れずに済んだが、これではしばらくここから動けそうにない。
仕方なくドリンクバーを注文し、バッグからノートパソコンを取り出してレポートを作成し始めた。
本当はポアロでやるつもりだったのだが仕方がない。

(安室さんに会いたかったな…)

そう思いながらキーボードを叩く内に、いつしかレポートに集中していた。
だから全く気がつかなかったのだ。


(はぁ、やっと一区切りついた)

あれからどれくらい経っただろう。

グラスの中身が無くなっていることに気付いて、お代わりを取りに行こうと立ち上がろうとした時、ようやく私は目の前に見慣れた人の姿があることに気がついた。

「えっ、安室さん!?」

「やっと気づいてくれましたか」

私の向かい側に座っていた安室さんは、テーブルに頬杖をついた状態でにこやかに笑いながら答えを返した。

「いつからそこに?」

「君がレポートを始めて割りとすぐでしたよ。車で通りがかった時にちょうど窓際に座っているのが見えたので」

「そんな…声をかけてくれれば良かったのに」

「なまえさんの集中を乱したくなかったんです」

「あの、すみませんでした」

「謝ることはありませんよ。集中しているなまえさんを見ているのは楽しかったですから」

「あ、安室さんの意地悪!」

「ハハッ」

安室さんは楽しそうに笑っているが、こちらはそれどころではない。
失礼なことをしてしまったと反省する傍ら、恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
安室さんに気がつかなかった自分を殴ってやりたいくらいだ。

見れば、安室さんの前にもドリンクのグラスがある。
それはつまり、安室さんもドリンクバーを注文したということだ。
本当にどうして気がつかなかったのだろう。

「僕の特技のひとつなんです」

安室さんが秘密を打ち明けるような声音で言った。

「全然気がつかなかったでしょう?」

「全然気がつきませんでした…」

目の前にいる人間に気付かれずに店員とやりとりしたり、じっとこちらを観察したり。
そういうことが出来るものなのだろうか。
私立探偵のスキル凄い。

感心していると、安室さんが立ち上がった。

「家まで送りますよ」

「えっ、でも、」

「最初からそのつもりで声をかけようと思っていたんです」

「ごめんなさい…」

「謝らないで下さい。僕が勝手にしたことです」

さあ、行きましょう、と促され、急いでバッグにノートパソコンをしまう。
その間に安室さんはレジに行き、スマートに私の分まで一緒に会計を済ませてしまっていた。

「お礼は君の手料理で構いませんよ」

車のキーを片手に安室さんが爽やかに笑う。

今日は久しぶりに腕によりをかけて夕食を作らなければ。


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