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「えっ、降谷さんも来るんですか?」

「俺が行ったら悪いのか?」

「いえ、でもそんな暇はないって…」

「潜入捜査中の話だろ。俺だって花火大会くらい行く」

職場で花火大会の参加者を募っていたら、なんとあの降谷さんが参加を希望してきた。

黒の組織に潜入していた降谷さんの存在は長らく極秘扱いとなっていたが、組織壊滅後は我らが公安を代表する英雄として祭り上げられているため、末端の職員でも彼の顔を知らない者はいない。
その降谷さんが職場のイベントに参加するというのだ。
これは女性職員が色めきたつな、と思っていたら案の定だった。

「降谷さんが参加するって本当ですか?」

「あー、はい、一応」

きゃーっと黄色い声が上がる。

「どうしよう、浴衣着ていく!?」

「ちょ、テンション上がる!」

まだ若い女性事務員二人は、まるで女子高生のようにはしゃいでいた。

「あれが普通の反応だよな」

偶然居合わせてその様子を見ていた風見さんが言った。

「お前、クール過ぎないか?」

私だって降谷さんが参加してくれるのは嬉しい。
だが、ミーハーみたいに騒ぐには少し年を取りすぎてしまったし、今までの降谷さんの苦労を思えば、そちらのほうに気がいってしまって表立って喜びをあらわに出来ないだけだ。

「あくまで仕事の延長ですから。はしゃいでばかりもいられません」

「お前は真面目だよ。まあ、頼りになるんだけどな」

風見さんはポンと私の肩を叩いて去って行った。

そうだ。私だって嬉しい。
ずっと憧れていた降谷さんと花火大会に行けるのだから、嬉しくないはずがない。


そして、花火大会当日。

「なんだ、浴衣じゃないのか」

「幹事なので有事の際に動きやすい格好で来ました」

「真面目だな」

「風見さんにも言われました」

「期待した俺が馬鹿だった」

「えっ」

「ほら、行くぞ」

「あっ、待って下さい!」

人混みの中、降谷さんを見失わないように彼の後ろをついていく。
集合場所にはもう浴衣を着た男女が集まっていた。
見慣れた同僚の見慣れない姿に、なんだか新鮮な驚きを感じた。

あの女性事務員たちはかなり気合いの入った格好をしている。
髪はたぶん自分でやったのではなく美容室でセットしてもらったのだろう。
この花火大会にかける情熱が伝わってきた。

対する降谷さんはと言うと、何故か私の隣を歩いている。
道の両脇に並ぶ屋台を眺めては、

「苗字、食べたいものはないのか」

「軽食をとってきたので大丈夫です」

「つまらない奴…」

などと絡んでくる。

「あ、つきました。ここです」

花火大会を観賞するため場所取りをしてもらっていた地点に到着すると、皆、思い思いに寛ぎはじめた。
すぐにあの二人組が降谷さんに向かって手を振り、声をかける。

「降谷さん!こっち空いてます!」

「いや、俺はここでいい」

降谷さんは私の隣に腰を下ろした。

「いいんですか?」

「久しぶりの花火大会なんだ。落ち着いて観賞したい」

なるほど。確かにあの二人が近くにいては話しかけられて花火どころじゃないだろう。

「あ、花火!」

一発目の花火が打ち上がり、周囲から歓声が上がる。
夜空に美しく咲いた花を見て、私も胸の高鳴りを覚えた。

「綺麗だな」

「本当に、凄く綺麗ですね」

「…お前、鈍すぎるだろ」

「はい?」

「いや、もうわかった。これからはやり方を変えていくことにする」

その後、ギアを入れ直した降谷さんにフルスロットルで口説かれることになるのだが、この時の私はのんきに花火に見とれていたのだった。


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