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「いらっしゃい、なまえさん。ちょうどいいところに来ましたね」

ポアロに入った途端、安室さんににこやかに出迎えられて、一瞬身構えてしまった。

「ひどいな。どうして僕から逃げようとするんですか」

「だって…」

「いいですよ。その代わり、これを食べて下さい」

渡されたのは、クッキーだ。
ジャック・オ・ランタンの形をしているところを見るに、どうやらハロウィン用に焼いたものらしい。

安室さんがにこにこしながら見つめてくるので、クッキーをかじってみる。

「美味しいです」

「それは良かった。カボチャのパイもありますよ」

こっちは期間限定メニューなんです、と言われて今日はそれを注文することにした。
小腹が空いていたのでちょうど良い。

「どっちも安室さんが作ったんですよ」

席に案内してくれた梓さんが教えてくれる。
料理上手とは聞いていたが、お菓子作りまで完璧なんてさすがだ。
モテ要素の塊のような人だなと思った。
実際、安室さんがバイトするようになってからポアロに来る女性客の大半が彼目当てに違いない。

どう考えても引っかかったらヤバい人なので、初めて会った時から一線退いて対応しているのだが、かえってそれが彼の興味を惹いたらしく、ポアロに来るたびに何故か絡まれてしまう。
私立探偵だそうだが、どうしても何か裏がありそうで信用出来ない。
物腰が柔らかく愛想が良い笑顔の裏に別の顔が隠れていそうで怖かった。

「お待たせしました。ハロウィン期間限定のカボチャのパイです」

「美味しそうですね」

「ありがとうございます」

喫茶店のメニューというより、フレンチやイタリアンのデザートで出てきそうなオシャレなデザインだ。

ナイフを入れると、さくりと切れて綺麗に層になった断面が覗く。
フォークで口に運ぶと、ほかほかとあたたかく甘いカボチャが口の中で蕩けた。

「美味しい…」

呆然となりながら呟けば、安室さんが嬉しそうに「ありがとうございます」と笑顔を見せる。

「なまえさんに気に入って頂けて良かった。工夫した甲斐があります」

「料理上手なのは聞いていましたけど、ここまでとは思いませんでした」

「なまえさんにそう言って貰えると嬉しいですよ」

にこにこと。
本当に嬉しそうに微笑むものだから、思わず照れくさくて視線をそらしてしまった。

「なまえさんはどんな料理がお好きなんですか?」

「え、えっと」

「今度ご馳走しますよ。何でもお好きなものを教えて下さい」

「あの、でも、」

「ハムサンドも気に入って頂けてますよね。朝はそれにしましょうか」

ちょっと待って欲しい。
朝は、ってどういうことだ。

「嫌だな、わかってるでしょう」

安室さんが一瞬見せた挑発的な笑みに、彼の本性が垣間見えてゾクッとする。

ダメだ。やっぱりこの人は好きになってはいけない。

そう思うのに、熱を秘めた空色の瞳に捕まってしまっているのはもう手遅れということなのだろうか。


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