上司の紹介でお見合いをすることになった。 相手の方もやはり公安にお勤めで、かなり仕事の出来る将来有望な男性らしい。 公安のデキル男と聞いて、ある人のことが頭に浮かんだが、まさかそんなとすぐに打ち消した。 彼の場合、お見合いなんてしなくても選り取りみどりなはずだから。 むしろ女性のほうが放っておかないだろう。 奇しくも今日はバレンタイン。 先方が何故わざわざこの日を指定してきたのかわからないが、念のためチョコレートを用意しておいた。 モテるあの人は今頃チョコレート攻めにあっているに違いない。 「お連れの方がお見えです」 着物姿の女性従業員の先触れに、はっと居住まいを正す。 いけない。 お見合いに集中しなくては。 相手の方に失礼だ。 料亭の離れであるここは、時折鹿威しのカコンという涼やかな音が聞こえてくる以外は、とても静かだった。 その廊下を、足音が近づいて来る。 そして、開かれた障子の向こうに姿を現したその人は。 「えっ」 「すまない。待たせたな、苗字」 「ふ、降谷さん…?」 「どうした?幽霊でも見たような顔をして」 からかうように笑って、スーツ姿の降谷さんは私の前に膝をついた。 姫君に跪く騎士のように。 「俺がお前の見合い相手だ」 そんな馬鹿な、という思いだった。 「あ、あの、どうして」 「どうして?」 降谷さんが笑う。 「もちろん、お前を確実に捕まえるためだよ」 その言葉を聞いた瞬間、反射的に立ち上がっていた。 廊下へ走り出そうとした私の身体を降谷さんが抱き止める。 「ダメだ。逃がさない」 密着した降谷さんの身体から、良い匂いが香る。 シャンプーか、ボディソープか。 それに加えて、何かの甘い香り。 それらが肺を満たして頭がくらくらする。 「好きだよ、なまえ。愛してる」 「ふ、降谷さんっ」 「やっと捕まえた」 降谷さんの腕の中は信じられないくらい心地よかった。 どうしよう。 逃げられない。 「今日はバレンタインだけど、もしかしてチョコレートを持って来てるか?」 「は、はい」 「俺からも、ほら」 降谷さんは傍らに置かれていた紙袋から、綺麗にラッピングされたチョコレートを取り出した。 「逆チョコだ。当然、本命だからな。味わって食べろよ」 「は、はい」 「お前のは?」 問われて、急いでバッグからチョコレートを取り出す。 「ありがとう、嬉しいよ」 また抱き締められる。 まるで恋人同士がそうするように頬をすり寄せられて、あまりのことに倒れそうになった。 「可愛いな」 フッと笑った降谷さんに頬にキスをされ、頭が真っ白になる。 これは本当に現実? 夢を見ているのではないだろうか。 「これでその反応だと、唇にしたらどうなるんだ?」 可笑しそうに笑った降谷さんの唇が、私の唇に── そこで、私の頭は完全にショートしてしまった。 こうして刺激的すぎるバレンタインの幕は上がったのだった。 |