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■4月30日


『ハムサンド差し入れ作戦』から戻って来た降谷さんは、その足で妃さんの法律事務所の近くにある雑居ビルの一室に入って行った。

ちなみに作戦名は私が勝手に名付けたものなので、降谷さんはそんな名前で私が呼んでいることは知らない。

「食べていいよ」とのお言葉を頂いたので、私は椅子に座ってハムサンドを手に取った。
一口かぶりつくとお馴染みの味が口の中に広がる。
相変わらず美味しい。

最初から毛利探偵が食べられないとわかっていて作ったものなのに、手を抜かないのはさすがと言うべきか。

「降谷さんも食べませんか?」

「俺はいい。全部食べて構わないよ」

それどころじゃないんだろうなと納得したものの、ここ数日まともに食事をとっていないらしい降谷さんの身体が心配になった。

それにしても殺風景な部屋だ。
よく刑事が空き部屋を張り込みに使うシーンがあるが、まさにそのイメージ通りと言えばいいだろうか。

窓にはしっかり目張りがされていて、室内は薄暗い。
家具と呼べるようなものは殆ど無く、部屋の中央に大きなテーブルと椅子があるだけだ。
テーブルの上には、ハムサンドの皿と、来る途中に私が買っておいた二人分の缶コーヒー、それからたぶんハッキングなどに使われるであろうノートパソコンしかない。

降谷さんは椅子に腰を下ろすと、ポケットからスマホを取り出し、耳にワイヤレスイヤホンを装着した。

私に向かって、唇の前で人差し指を立てて、「静かに」の合図を送ってから、降谷さんはスマホを操作し始めた。

これからコナンくん達の会話を盗み聞きするのである。

毛利探偵の事務所を訪れた際に風見さんがコナンくんのスマホにアイコンが残らないタイプの遠隔操作アプリを仕込んでおいたのだ。
それを自分のスマホにインストールした降谷さんには、コナンくん達の動向が筒抜けになるというわけだ。

悪どい、と思わないでもなかったが、公安の捜査官として日本を守るためには手段はいとわないということなのだろう。

そして、このことを知っていて黙っている私は立派な共犯だ。
いくら降谷さんの協力者とは言え、一般人である以上、コナンくん達にとっては私のほうがたちが悪いかもしれない。
降谷さんが手にしたスマホに映るコナンくんに、心の中でごめんねと謝った。

コナンくん達の会話に聞き入っている降谷さんの顔には何の感情も浮かんでいない。
いつもの笑顔がないだけで、こんなにも無機質に見えるものなのかと驚いた。
美貌なだけに尚更人形めいて見える。

「俺が怖い?」

不意に降谷さんが口を開いた。

いつの間にか盗聴を終えていたらしい。

私は首を横に振って立ち上がると、座ってこちらを向いている降谷さんの所まで歩いていき、上から彼を抱き込むように腕を回した。

怖いなんて思うはずがない。
こんなにも高潔で愛情深い、優しい人を。

「好きでもない男にそんなことをすると勘違いされるよ」

降谷さんは笑って言ったが、私はいたって真剣だった。

どうぞ勘違いして下さい。


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