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件名:安室です


こんばんは、なまえさん。
もうご自宅に帰られたでしょうか。
今日も寒い中お疲れ様でした。

急なお誘いで申し訳ないのですが、明日帰りにポアロに寄って頂けませんか?
明日は僕、遅番でラストまでなんです。
実はあなたに渡したい物がありまして……
お店を閉めた後にお渡ししたいな、と。

もちろん、これは営業メールではなく、極めて個人的なお願いです。

他の人には秘密にして下さいね。

明日お逢い出来るのを楽しみにお待ちしています。


安室透





そんなメールが届いたのは木曜日の夜のこと。
文字通り凍えそうになりながら帰宅して、スマホをチェックしたら来ていたのだ。
直ぐ様返信したのは言うまでもない。

渡したい物ってなんだろう?

あまり期待し過ぎるのは良くないけれど、明日はバレンタインだ。
もしかするともしかするかもしれない。


その夜は緊張し過ぎてあまり眠れなかった。


そして、翌日。

仕事の帰りにポアロに寄ると、安室さんの眩しいほどキラキラした笑顔に出迎えられた。

「こんばんは、いらっしゃいませ、なまえさん。来て下さったんですね」

「もちろんです。約束しましたから」

「ありがとうございます。嬉しいです。あっ、お席にどうぞ」

気のせいか普段よりテンション高めの安室さんに案内されて、窓際のテーブル席に座る。

「ご注文は何になさいますか?」

「いつものでお願いします」

「かしこまりました」

時間が時間だけに、お客さんは少ない。
女子高生達による午後の喧騒が懐かしく感じるほど店内は静かだった。
女性客の楽しそうな話し声も無く、控え目に流れているBGMに混ざって、時折微かにカップが立てる音や、洗い物をしている水音が聞こえてくる。

私は深く背もたれに身を預けながら、リラックスして安室さんがコーヒーを淹れる姿を眺めることが出来た。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

安室さんが運んで来たのは、コーヒーとハムサンドのセット。
のいつものメニューに、何故かシチューが加わっている。

「オマケです。ハムサンドだけでは足りないでしょう」

「すみません、気を遣わせて」

「いえ。気にせずゆっくり食べて下さい。今日は僕の奢りです」

「ありがとうございます。味わって頂きます」

ピンク色のシチューは、見た目とは裏腹にとても美味しかった。
これも安室さんが考案したものらしい。
頭のいい人は発想から違うんだなあ、とひとしきり感心した後、最後のお客さんが席を立ってお会計をしているのが見えた。

気付けば、もう閉店時間。

「閉店作業をしてきます。食後のコーヒーでも飲んでのんびり待っていて下さい」

空になったカップにコーヒーを注ぎ入れて安室さんが言った。

「私も手伝います」

「お客様にそんなことさせられませんよ。大丈夫ですから、待っていて下さい」

そう笑うと、安室さんはてきぱきと動いて閉店のための作業を開始した。
せめて自分が食べた分の食器を洗おうとしたのだが、にっこり笑った安室さんに素早く取り上げられてしまった。

テーブル席からカウンターに移り、洗った食器を片付ける安室さんを申し訳ない気持ちで見守る。

「やっと二人きりになれましたね」

安室さんがにこにことそんなことを言うものだから、どうしていいかわからず困ってしまった。

「これを」

安室さんに渡されたのは、綺麗にアイロンがけされたハンカチだった。
いつだったか、迷子の子供を安室さんと一緒に交番に送り届けた時に私が渡したものだ。

「お陰で助かりました。ありがとうございます」

バレンタインは全く関係がなかった。

一人で緊張して眠れなかったり勝手に盛り上がっていた自分が恥ずかしい。
どうしよう。泣きそうだ。

「じゃあ、私、帰りますね」

あたふたと店を出ようとした私の腕を安室さんが掴んで止めた。

「待って下さい。まだ渡したい物があるんです」

「えっ」

安室さんがカウンターの下から取り出した紙袋を、戸惑いながら受け取る。

「今日はバレンタインですから。逆チョコです」

少し照れくさそうに微笑む安室さんに、私は混乱しきっていた。

「受け取りましたね?もう返品は不可です」

安室さんのどこまでも澄んだ青空のような瞳を見つめながら、勇気を振り絞る。

「あの……私からも」

バッグの中からラッピングされたチョコを取り出して、安室さんに差し出す。

「えっと、いつもお世話になっているので、その」

「本命ではないんですか」

「ほ、本命です」

咄嗟にそう口走っていた。
だって、安室さんが悲しそうに目を伏せるから……!

「ありがとうございます。凄く嬉しいです」

安室さんの笑顔が眩しい。
キラキラ輝いて見える。

「僕達、これで両想いですね」

「え、あっ」

「これからは恋人同士ですね、なまえさん」

「あ、はいっ」

何だか誘導尋問を受けたような気がするが、とにかくちゃんと渡せて良かった。
結果オーライだ。

「嬉しいな。ずっとあなたが好きだったんですよ。やっと僕だけのものに出来る。もう離しませんよ、なまえさん」

あ、安室さん……?


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