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シャワーを浴び、着替えを済ませて食卓についた零さんは、テーブルの上のお皿を見るなり、驚いたような顔で

「セロリが入ってる」

と言った。
夜明けに帰って来て仮眠をとった彼は、これからポアロの遅番に行くところだった。
ボタンを外して襟元を緩めた白いシャツがよく似合っていて爽やかだ。

「はい、零さんの好きなセロリとツナのチャーハンですよ」

「俺の好物までバレているのか…」

「嫌でした?」

「いや、君にならいい。話す手間が省けたよ」

良かった、と胸を撫で下ろす。
知らないはずの自分の情報を知られているというのは、あまり良い気分ではないはずだから。
好物を出すのはちょっとした賭けだった。

「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」

少しくすぐったい気持ちになりながら勧めれば、零さんは手を合わせてからレンゲでチャーハンを掬って食べてくれた。

「美味い」

「本当ですか?」

「ああ、中華なのにさっぱりしていて美味しい」

「良かった」

極力油を使わないさっぱりしたチャーハンというレシピで作ったのだが、零さんのお口に合ったようだ。

一緒に出した中華風スープも好評だった。

零さんが作る絶品ものの青椒肉絲にはとても敵わないが、自分でも良く出来たほうだと自信があったので尚更嬉しい。

青椒肉絲と言えば、実はファンには零さんが普段作る料理まで知られているわけだが、零さんの情報盛りだくさんのアーカイブスなる書籍まで発売されていると知ったら、彼はどんな顔をするだろう。
しかも、事前に予約して発売日に買った人は勝ち組で、各地で売り切れ続出のためアーカイブス難民と呼ばれる買えなかった人が大勢出ていて、重版も追いつかない状況なのだと知ったら?

もちろん、私はそれを話すつもりはない。
世の中には知らないほうが良いこともあるのだ。

例えば、赤井さんが絡むと得意なはずの料理を失敗してしまうこともある、とか。

「食後のお茶は俺が淹れるよ」

零さんが立ち上がったので、私も洗い物をしようと、テーブルの上を片付けた。

零さんが紅茶を用意する間に、手早く洗って、水分を拭いた食器を棚にしまう。
もう手慣れたもので、どのお皿がどこにしまわれているのか覚えてしまった。

「出来たよ、なまえ」

おいで、と優しい声に促されてテーブルにつくと、零さんが優雅な仕草でティーポットから紅茶を注いでくれた。
淹れたての紅茶の甘い香りが辺りに漂う。

朝はコーヒー派の零さんだが、食後のお茶は私に合わせて紅茶を飲むようになっていた。

「ポアロの勤務が終わったら、そのまま“仕事”に行く。帰りは深夜になるから先に休んでいてくれ」

「はい、わかりました」

「よし。いい子だ」

零さんが子供を褒める時のように私の頭を撫でる。
嬉しいけど複雑だ。

本当は眠らずに帰りを待っていたいけど、逆に迷惑になるかもしれない。
やはり彼の言う通りにするのが得策なのだろう。

「お帰りなさいが出来なくてごめんなさい」

「いいさ。その代わり、見送りはしてくれるだろう?」

「もちろんです」

食後のティータイムを終え、出掛ける用意を済ませた零さんを玄関まで見送る。

「俺がいない間、外には出ないように」

「はい」

「何かあればすぐに電話すること。いいね?」

「はい、零さん」

「じゃあ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。気をつけて」

零さんに抱き寄せられて口付けられる。
舌を絡めとられ、深く濃厚なそれは、行ってきますのキスにしては情熱的で官能的過ぎた。

零さんが手を離すと同時にその場にへたりこんでしまった私に、見せつけるように濡れた唇を舐めた零さんがドアを開ける。
私はと言えば、ナマで見た舌ぺろが衝撃的過ぎてそのまま動けずにいた。

「行ってきます」

「い…行ってらっしゃい」

外に出る前に私を流し見た零さんは、笑いを堪える様子もなかった。

ドアが閉まり、鍵をかける音が響く。

籠の鳥が幸せじゃないなんて誰が決めたのだろうか。
少なくとも、私は零さんに閉じ込められても幸せだと胸を張って言える。

だから、怪我をせず無事に帰って来て下さいね。


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