大学からの帰り道、突然異世界に召還された。 何を言っているかわからないと思うが、私もよく事態を理解出来ていない。 なんでも、魔物が増えてくると異世界から聖女を召還することになっているそうで、今回の儀式で私が選ばれたらしい。 聖女として召還された際に私には特別な力が与えられていた。 傷や病を癒す治癒能力と、魔物を浄化する聖なる力だ。 「そのお力で、どうかこの国をお救い下さい」 国王様をはじめとする国の重鎮の方々に頭を下げて請われては、断るわけにもいかない。 何しろこの世界には他に行けるところも頼れる人もいないのだ。 やるしかない。 私と同じなようにかつて異世界から召還された勇者が興した国で、初代国王となった勇者の故郷の風習が色濃く残っていると言われているこの国は、様々な面で日本に似ていた。 だからだろうか。 この世界から元の世界に戻れた者はいないと宣告されても、それほどショックを受けずにいられたのは。 今日は近衛騎士団団長の零さんと森を抜けた先にある湖に来ていた。たまには遠乗りに行こうと零さんが誘ってくれたのだ。 馬に乗っている間はドキドキだった。 魔物の討伐について行く時はいつも馬車だったし、今日初めて零さんと同じ馬に一緒に乗ったからだ。 すぐ後ろに零さんがいて、私の身体を挟むように伸ばされた腕が手綱を握っている。 そんな状況でときめかない女がいるだろうか。 「疲れた?」 「いえ、大丈夫です」 二人並んで湖の畔に座り、こうして涼しい風に吹かれていると、何だかとても幸せな気分だった。 「零さんこそ、疲れていませんか?ずっと働き詰めだったでしょう」 「そうだな……確かに少し疲れたかもしれない」 「良ければ少し休みませんか?私の膝で良かったらお貸ししますので、その、」 「ありがとう。そうさせてもらうよ」 零さんが柔らかく微笑んで身体を横たえる。私の膝を枕にして。 陽の光を透かす金髪を優しく指で梳くと、サラサラと指の間を滑り下りていった。 異国の血を濃く受け継いだ零さんは、子供の頃よくからかわれて喧嘩をしていたらしい。 眉目秀麗な美青年に成長したいまでは、彼の容姿をからかう者などいないだろう。 何しろ、この国を守る近衛騎士団の団長様なのだから。 この国を守りたいと願い、日々努力を欠かさない零さんを心から尊敬している。 そんな彼を守ってあげたいと思うのは傲慢だろうか。 でも、いまの私には聖女としての力がある。この力を零さんと零さんの国を守るために使うのは間違いではないはずだ。 「不思議だな」 眠ったとばかり思っていた零さんがぽつりと呟く。 「君の側は、とても落ち着く。君が聖女だからだろうか。それとも」 「えっ」 「いや、何でもないよ。ありがとう、なまえ」 私のほうこそありがとうですよ、零さん。 |