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「おはようございます、なまえさん」

今日こそは一番乗り!と意気込んで出勤したのだが、先に来ていた安室さんに爽やかな笑顔で出迎えられてしまった。
悔しい思いでいっぱいになりながら、「おはようございます」と挨拶を返す。

「安室さん、早すぎますよ!何時に来てるんですか?」

「僕もさっき来たばかりですよ」

にこにことそんなことを言われるが、ポアロの看板は既に外に設置されているし、店内の清掃も終わっているし、アイスコーヒーの仕込みも済んでいる。
来たばかりというのは絶対に嘘だ。

「実は新作のケーキの試作品があるんです。味見してもらえませんか?」

「そ、そんなことで誤魔化されたりしませんからねっ」

「そう言わずにお願いします。今日は梓さんもお休みですから、他に頼める人がいないんですよ」

「うっ……」

困ったように微笑まれると、それ以上突っぱねることは出来なかった。
私立探偵を自称するだけあって、安室さんは洞察力に優れている。
頼まれると断れない性分なのを見抜かれているのかもしれない。

「これです」

「わぁ、美味しそう!」

安室さんがお皿に乗せて差し出したケーキを見て、思わず瞳を輝かせてしまった。
単純なヤツと笑わないでほしい。
だって、安室さんの特製ケーキはどうしたって乙女心をくすぐらずにはいられない出来栄えなのだ。

どうぞ、と促されて早速試食してみる。
一口くちにした途端、ほわんとした甘さが口の中に広がった。

「この前の半熟ケーキもでしたけど、これも美味しいですね!」

「良かった。なまえさんに御墨付きを頂ければ間違いないですからね」

「とっても美味しいですよ!これなら間違いなくお客様も喜んでくれます」

「だといいのですが」

「もっと自信を持って下さい。それは確かに安室さんは凄く怪しい人だけど、料理やお菓子作りの腕だけは絶品ですから!」

「はは…」

褒めたつもりなのに、安室さんは苦笑している。
ちょっと正直に言い過ぎたようだ。
でも、安室さんが怪しい人なのは本当のことだ。
名前も偽名っぽいし、私立探偵というのも何だか嘘くさい。
毛利探偵に弟子入りしたのも何か別の目的があってのことではないかと思っている。

ただ、例え演技だとしても、その物腰の柔らかさや爽やかな笑顔は接客向きなのは間違いない。
だから、良き同僚、良きライバルとしては認めている。
今日も負けてしまったけれど、明日は必ず私が先に来て完璧に準備を済ませてみせるんだから。

「ごちそうさまでした。お皿は私が洗いますので」

「そうですか?じゃあ、僕は店内チェックをしてきますね」

「お願いします」

「あ、そうだ」

立ち上がった安室さんが振り返る。

「お誕生日おめでとうございます、なまえさん」

「えっ」

「今日でしたよね、お誕生日。これ、プレゼントです」

「どうして…」

「僕は探偵ですから」

──ほら。
こんな風に、時々、底の知れない笑みを浮かべてみせることがあるから、この人は怖いのだ。

「あなたに信用してもらえるよう努力します」

そして、こうして私の心を簡単に読んでしまうから。

「安室さんじゃない本当のあなたを見せてくれたら信じます」

「僕は僕ですよ」

そう言いながらも、どこか儚げに微笑むものだから、思わずドキッとしてしまった。

今のはときめきではないはずだ。

絶対に。たぶん。きっと。


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