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「イギリスにいたことがあるのか?」

「えっ」

「ミルクを先に入れてから紅茶を注いだだろう。イギリス式の飲み方だ」

「『ミルクファースト』ですね。一年間だけ留学していたんです」

そう言うと、赤井さんは「そうか」と納得したように頬を緩めた。

「実は、俺はイギリス出身でな」

「そうなんですか?ずっとアメリカなんだと思っていました」

「日本にも居たことがあるが、アメリカ生活が長いからそのせいだろう」

今度は私が納得する番だった。

超然たる雄とでも呼ぶべきこの人の男らしい生き様は、アメリカでFBIとして死線を潜り抜ける内に磨かれていったものなのだろう。

不躾にならないようそっと盗み見たその姿も、とても男らしい魅力に満ちていた。

愛用のニット帽からこぼれ出てはらりと額にかかった黒髪は、少し癖毛のようで、緩やかなウェーブを描いている。
着衣の上からでもはっきりとわかる、鍛え抜かれた逞しい肉体。
綺麗なペールグリーンの瞳は、今は軽く伏せられていて、コーヒーカップに入ったブラックコーヒーを静かに飲んでいる。

かっこいい。

思わず溜め息が漏れた。

「退屈か?」

「いいえ。赤井さんに見とれていました」

「それは光栄だな。しかし、フェアじゃない。俺も君を見つめるとしよう」

「だ、だめですっ。恥ずかしいですから!」

「君はとても可愛いな。特にその唇は、思わずキスをしたくなるほど魅力的だ」

「もう、赤井さん!」

「どうした?もう降参か?」

赤井さんは楽しそうに笑っているけれど、私はもう顔が真っ赤だ。

「それではアメリカで暮らしていけないな。向こうの男はもっと気障なことを平気で言うぞ。その度に恥ずかしがっていては買い物にも行けないだろう」

「アメリカに行く予定はないので大丈夫です」

「それは困る」

赤井さんはカップを置くと、組んだ両手の上に顎を乗せて私に視線を合わせた。
宝石のような緑色にじっと見据えられて、ドキドキと胸が高鳴る。

「将来は君とアメリカで暮らしていく予定なのに、君にその気がないとなると、攫っていかなければならないからな」

「それって……」

「無論、そういう意味だ」

赤井さんは立ち上がると、テーブルを回り込んで私の傍らに跪き、ポケットから取り出した小さなジュエリーケースを開けて見せた。

「Will you marry me?」

「…Yes!」

立ち上がった赤井さんによって、左手の薬指に指輪をはめられる。
私達はお互いのぬくもりを確かめあうようにかたく抱き締め合った。

「そろそろ時間だ」

しかし、無情にも時が二人を引き裂こうとしていた。

荷物を片手に持った赤井さんに腰を抱かれたまま喫茶室から出ると、次のフライトの搭乗時刻を知らせるアナウンスが流れていた。
ガラス張りになっているロビーからは飛び立とうと翼を広げている飛行機が見える。

「行ってしまうんですね…」

「また戻って来るさ。君を迎えに」

「はい、待っています。約束ですよ」

私達はもう一度抱き合い、長い口付けを交わした。
残り僅かな一緒の時間を惜しむように。

「今度は君を攫いに来る」

そう言って背を向けた赤井さんの姿が遠ざかっていく。

私は無意識の内に、指輪のある左手を右手で包み込むようにしながら、小さくなった赤井さんの後ろ姿がエスカレーターの下へ消えていくまでずっと見守っていた。


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