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バーの中に入った途端、ひやりとした冷気に包み込まれた。
スーツを着た男性にはちょうど良いのかもしれないが、女性には少し肌寒いかもしれない。

まだ暑いけど、どうせすぐに汗が引いて寒くなるからと、バッグからストールを取り出して肩に羽織りながらカウンター席に腰を降ろした。

「メロンダイキリをお願いします」

「フローズンでよろしいですか?」

「はい」

「かしこまりました」

言い終わる前にウェイターはもうカクテルの準備を始めていた。

内装が気に入ったというのもあるが、雰囲気の良い店だ。
店員もてきぱきしていて、感じが良い。

スマホを取り出して確認すると、メールが来ていた。
残念。待ち人来たらずとなってしまった。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

フローズンにしたのは失敗だったかなと思ったが、もう遅い。
まあいいかと開き直ってカクテルを口にした。
メロンの甘さとダイキリのさっぱりした味わいが絶妙にマッチしていて美味しい。

美味しいのだが、やはり冷たいので身体が冷えて来た。

と、肩にふわりと心地よい重さとぬくもりを持つものが掛けられた。

「勝手にすみません。寒そうに見えたので」

「いえ、ありがとうございます」

どうやら隣に座っていた男性が自分のジャケットを掛けてくれたようだ。

「暑かったのでついフローズンで頼んでしまってから後悔していたんです。助かりました」

「やはりそうでしたか。お気になさらず。今日は暑いですからね」

「あなたは寒くありませんか?」

「僕は慣れているので大丈夫です」

男性は半袖のシャツを着ていたが、健康的な褐色の肌に鳥肌が立つ様子はなく、少し安心した。

「待ち合わせた人が来られなくなったのは残念でしたね」

「えっ」

今の状況を言い当てられてドキリとした。
まさか、見られていたのだろうか。

「失礼。僕は探偵なんです」

彼は微笑んでそう弁解した。

「仕事帰りにしてはおめかしをされているし、先ほどスマホを見てがっかりした顔をされていたので、もしかしてと」

「凄い洞察力ですね。有名な探偵さんなんですか?」

「いいえ、僕なんてまだまだ。今は有名な探偵の方に師事して勉強中の身です」

「そうなんですか」

良ければ名刺を、ということでせっかくなので頂いておいた。
およそ事件などには無縁の平凡な人生を送っているが、万が一ということもある。
いつ何どき何が起こるかわからないのが人生というものだ。

名刺には、安室透と記されている。

安室さんかあ。

ところで、今更彼の姿をはっきり目にしたわけだけど、とんだ美青年だった。

金に近い明るい色の髪に、端正な顔立ち。
眉目秀麗とはこういう人のことを言うのだろう。
しかも頭脳明晰であることも証明されたばかりである。

この短い出会いの間に、私はすっかりこの美貌の探偵さんに心を奪われてしまった。

依頼人と会うまでの時間潰しでここに入ったという彼と、その後も楽しく話していると、彼のポケットの中のスマホが鳴った。

「すみません。依頼人が近くまで来ているそうなので、僕はこれで」

「そうですか。お仕事頑張って下さいね」

「ありがとうございます」

安室さんはにっこり微笑んでからウェイターに目を向けた。

「アプリコットフィズを彼女に」

そう言って、代金を支払うと、彼はカウンター席から優雅に降りた。

「僕としてはバーボンを使ったカクテルがお勧めですよ。次回頼む時には、是非」

「ええ、必ず頼みます」

「約束ですよ」

艶めいた笑みと眼差しを残して、安室さんは行ってしまった。

アプリコットフィズのカクテル言葉……
『振り向いて下さい』なんて言われたら、本気にしますよ、安室さん。


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