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「すみませんでした。僕が間違っていた。全てあなたの言っていた通りだった」

目の前で安室さんに頭を下げられて謝られても、不思議なことに全く気持ちが動かされなかった。
まるで凍りついてしまったように何も感じない。

「『そんな嘘をつくような人だとは思いませんでした』」

「っ!」

彼には一度全てを話したのだ。
何らかの現象により、元の世界からこの世界に来たことも。
向こうで知った、この世界で起こる重大な事件のことも。
安室さんなら何とかしてくれるのではないかと期待して。

『そんな嘘をつくような人だとは思いませんでした』

藁にも縋る思いで打ち明けたのに、冷たい目で睨まれてそう言われたのだ。
忘れられるはずがない。
それなのに、今更捜査に協力してほしいなんて虫が良すぎる。

「憎んでも嫌われてもいい。ですが、出来ることならあなたが知っている事実を教えて下さい。今度こそ犠牲を出さないために」

「わかりました。お話します」

それでも話す気になったのは、大勢の人の命がかかっているからだ。
最初の爆破事件の時は建物の中にいた公安の人を助けられなかった。
安室さんが私の話を信じてくれなかったからだ。
でも、私の話が事実だと知った今なら彼は信じてくれるだろう。
もう既に私達の信頼関係は崩壊してしまっているけれど。

「犯人は…」

私は全て話した。
犯人の名前も動機も、これから起こること全てを。
そして、それらの解決にはコナンくんの協力が必要不可欠であるということも。

「ありがとうございます。あなたから頂いた情報は必ず活かしてみせます」

安室さんはそう言って捜査へと戻っていった。
これでお役目御免だ。
私をこの世界に送り込んだ何者かももう満足しただろう。
そのはずなのに。

「どうして…」

両手で顔を覆う。

「どうして、帰れないの…」

私の慟哭は誰にも聞こえないまま、虚しく空に吸い込まれて消えていった。


「安室さんに聞いたよ。なまえさんが色々教えてくれて助けてくれたって」

コナンくんが訪ねて来たのは全てが解決した数日後のことだった。

「蘭ちゃん達も怪我してない?」

「うん、みんな無事だよ。だから今日はお礼を言いに来たんだ」

「お礼なんて必要ないよ」

「でも…」

「私がいなくても、コナンくんと安室さんで解決出来たはずだから」

だから気にしないでと言ったのに、コナンくんはまだ心配そうな顔で私を見上げている。

「この部屋に閉じ籠ったきり一歩も外に出てないって聞いたよ」

「外に出ても何もすることがないから」

「安室さんが凄く心配してた」

「私のこと信じてくれなかったのに?」

つい皮肉っぽい言い方になってしまった。
コナンくんは何も悪くないのに。

「うん、そのことで、謝っても謝りきれないって。なまえさんのことをどうして信じてあげられなかったんだろうって凄く後悔してるみたいだった」

「今更もう遅いよ…」

「本当に?」

コナンくんの何もかも見透かされてしまいそうな目が鋭く私を追い詰める。

「安室さん、たぶん、なまえさんのことが好きだったんだと思うな」

「どうして?」

「だから、嘘をつかれたと思ってショックだったんじゃないかな。それで酷いことを言っちゃったって今物凄く後悔してるんだよ」

「ごめんね。もう何を信じたらいいかわからなくなっちゃったの」

「なまえさんも安室さんのことが好きだったんだね。だからそんなに傷ついているんでしょう?」

「…コナンくんには何でもわかっちゃうんだね」

項垂れた私の手をコナンくんの小さな手が握る。

「ねえ、なまえさん。もう一度最初からやり直してみない?」

「やり直す…?」

「もう一度、出会いからはじめてみようよ。安室さん、ポアロで待ってるよ」

最初からやり直す。
本当にそんなことが出来るのだろうか。
お互いに傷ついたことを忘れて?

「ね。行こう!」

コナンくんに手を引かれて立ち上がる。
久しぶりに部屋を出た私を、外にいた公安の人が少し驚いたように見ていた。
コナンくんの足は止まらない。
建物の外に出て、タクシーを捕まえて、一緒に乗り込んだ。

「五丁目の喫茶店ポアロまでお願いします」

私が何か言う前にコナンくんがそう運転手さんに告げた。

流れいく景色をぼんやり眺めているうちに、タクシーはあっという間にポアロの前に横付けされた。
代金を払い、コナンくんに手を引かれるまま仕方なく降りてポアロのドアを開ける。

ドアベルの音。
元の世界で何度もアニメで聞いた音が鳴り、カウンターの傍らにいた見覚えのある後ろ姿がこちらを振り返る。

大好きだった人。
今ではただ、その姿を思い出すだけで悲しくなる人。

彼もきっと、複雑な心境だろう。

そんな私達が本当にやり直すことなど出来るのだろうか。

彼は、私を見ると、ちょっと驚いたように目を見張り、それから少し困ったような、それでいて泣きそうな顔になってから、淡く微笑んだ。

「いらっしゃいませ。お客様は二名様ですか?」


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