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転職したばかりだから早く職場の人達に認めて貰おうと仕事を頑張っているのだが、頑張れば頑張るほど周り人との距離が遠くなっていくのを感じている。あいつ必死すぎって思われてるんだろうなあ。
今日なんて仕事をしていたら突然「これ全然出来てないじゃん」と別の仕事を渡された。いや、それ頼まれてないし、あなたの仕事でしょ。というか、そもそも私の業務内容に入ってませんけど。

「中途採用なんだから、何でもやらせて貰いますって精神でいかないと。そんなんじゃ誰にも認めて貰えないよ?」

これはまた転職活動しなきゃだめかも。

当然ながら定時には帰れるはずもなく、メッセージアプリで零くんにメッセージを送った。

『ごめん。帰り遅くなる』

『わかりました。あまり無理はしないで下さいね』

そうしたいのは山々なんだけどね。
すぐに既読がついて返ってきた言葉にため息をつき、『ありがとう』と打ち込む。

零くんは優しい。年下なのに私よりもよほどしっかりしている。仕事に対する責任感も私とは段違いだ。普段の言動からもこの国を本当に愛しているんだなあということがひしひしと伝わってくる。私はそんな零くんが大好きだ。彼のお荷物にはなりたくない。

幸い、仕事は日付けを越える前に終えることが出来た。午前様にならなくて良かったと思いながら帰り支度をしてロビーまで降りると、受付嬢のところに女性社員が数人集まって何やらひそひそと話している様子が目に入った。

どうかしたんですかと尋ねる必要はなかった。

「お疲れさまです、なまえさん。迎えに来ましたよ」

ここにいるはずのない人物がガラス張りのエントランスを背に、すらりとした長身を覗かせたからだ。眉目秀麗という言葉が相応しいその姿を人工的な白い灯りがより一層美しく照らし出している。

「零くん?どうして……」

「帰る時間がわかったのか、ですか?もちろん愛の力ですよ」

得意げに言って片目を閉じてみせた零くんに、女性社員達がきゃあっと華やいだ声をあげた。気持ちはわかる。私も心の中できゃあって叫んだから。

「種明かしをすると、あなたの同僚の女性から残業を押し付けられたことを聞いて、終わる時間を計算したんです」

簡単でしょう、と笑っている零くんは、自分がどれほど優秀な人間で、周りは凡人ばかりだということをわかっていないのではないだろうか。いや、零くんのことだからそれさえも踏まえた上での言葉であるに違いない。

「帰りましょう。僕達の家に」

零くんが恭しく私の手をとって微笑んだ。
ああ、だめ、その笑顔。くらくらする。

「帰ったらたっぷり甘やかしてあげますから覚悟して下さい」

僕無しでは生きていけないくらいに。

耳元で艶っぽく囁かれた私は危うく腰砕けになってその場に崩れ落ちかけた。

そんな私達を目撃していた女性社員達によって、翌日噂話が社内を駆け巡ることになるのだが、零くんに手を引かれて彼の愛車へと連行されていく途中だった私は全く知る由もなかった。


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