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「寒くありませんか」

「だだ、大丈夫です」

充分あたたかいです、とはとても言え出せずに、私はただ身を固くしてされるがままになるしかない。
何故、私は安室さんに抱き締められているのだろうか。
どう考えてもどうしてこんなことになっているのかわからない。

そもそもの始まりは、安室さんから届いたメールだった。

from:安室透



おはようございます。安室です。

近頃はめっきり寒くなりましたね。
風邪をひいていませんか?
もし体調を崩されていたら、暖かくしてゆっくり休養をとって下さいね。お見舞いに行きますから。
僕に隠し事はなしですよ。

ところで、突然で申し訳ないのですが、今度の日曜日は何かご予定はありますか?

貴女さえよろしければ、アフタヌーンティーにお付き合い頂きたいのですが、いかがでしょう?
もちろん、貴女が元気でご予定がなければ、の話です。

行きたいのは最近新しく出来たお店で、何でも白雪姫をテーマにしたアフタヌーンティーが売りだとか。
いわゆる敵情視察というやつです。
女性客が多い店なので、新しいメニュー作りの参考にしたいと思いまして。

金曜日までにお返事を頂けたなら助かります。

貴女もお忙しいでしょうから無理にとは言いません。
ただ、こんなことを頼めるのは貴女しかいなくて……甘えてしまっていますよね。すみません。

よいお返事をお待ちしています。

安室透



もちろん、喜んでお供しますと返信した。

そして、今日、迎えに来てくれた安室さんとともに横浜にあるリストランテを訪れたのだった。
白雪姫がモチーフのアフタヌーンティーということで、紅茶と一緒に出されたお菓子はどれも可愛らしく、美味しそうで、私はSNSにアップするために、安室さんは新メニューの参考にするために、まずはそれらを写真に収めた。

「この林檎の形のお菓子可愛い」

「中身はキャラメルムースですね。これなら僕も作れそうです」

「是非食べてみたいです!」

私は勢い込んで言った。
見た目も味も同じなら、安室さんが作ったもののほうが良いに決まっている。
ポアロに来店する女性客だってそうに違いない。

「なまえさんがそう言うなら」

にこにこと微笑みながら安室さんが言った。
迎えに来てくれた時から思っていたけれど、今日の安室さんは随分機嫌がいい。
何か嬉しいことでもあったのだろうか。

私も安室さんに笑顔を返して、和やかな空気が流れた。

林檎のキャラメルムースや小人のマカロン、アップルパイ風に仕上げたミニパフェ、紅茶のオペラ、切り株ロールケーキなどのスイーツの数々。
クリームスープ、スモークサーモンのトルティーヤやスコーンなどの軽食を紅茶とともに堪能したあと。
私達が外に出ると、辺りはもう暗くなっていた。

「なまえさん、まだお時間はありますか?」

「はい、大丈夫です」

「それならもう少し付き合って下さい」

「どこへ行くんですか?」

「着くまでの秘密です。でも、きっと喜んで貰えると思いますよ」

上機嫌の安室さんが連れて行ってくれたのは、

「わあ……綺麗……!」

青や白や、ゴールドの光。
横浜駅から日本丸まで続くイルミネーションだ。

「木曜日に始まったので、今日はなまえさんと一緒に見たいと思ってお連れしたんです」

「ありがとうございます、安室さん!凄く嬉しいです!」

「喜んで貰えて良かった」

安室さんにごく自然に引き寄せられ、彼の腕の中に身体を収められる。
ドキッとしたなんてものじゃない。
一瞬、完全に心臓が止まっていた。

「寒くありませんか」

「だだ、大丈夫です」

むしろ発汗しそうなほど身体が熱いです。

「ふふ、そんなに緊張して……僕にこうされるのは嫌ですか?」

「そんなこと……!」

顔を上げて気がついた。
安室さんが見たこともないような、優しく熱っぽい眼差しを私に注いでいることに。
安室さんは笑っていたけれど、私には彼がいまにも泣き出しそうに見えた。

「安室さん?」

「困らせてすみません。でも、いまだけはこのままで……」

本当に、貴女には甘えてしまいます。

安室さんはそう言って、すり、と私に頬をすり寄せてきた。

私なら大丈夫です。
だから、そんな風に悲しそうに笑わないで下さい。

安室さんが何か悲しい想い出を思い出してつらいのなら、いつまでだってこうしていますから。

冷たい夜風が吹きすさぶ中、お互いのぬくもりを求めあうように、私達はしばしそうして抱き合っていた。


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