「お待たせしました!ミートソーススパゲティとオレンジジュースです」 「半熟ケーキとブレンドコーヒーお待たせしました」 「お待たせしました!ホットケーキとココアです。ココアは熱いので気をつけて下さいね」 久しぶりにランチタイムにポアロを訪れたら、想像以上の混雑ぶりに圧倒されてしまった。 店員の二人はそれこそ目が回るような忙しさだろう。 いつもは空いている午後に来ていたから、この喧騒に気がつかなかった。 「あっ、なまえさん、いらっしゃいませ」 梓さんが気がついて笑顔で声を掛けてくれたが、すぐに申し訳なさそうな顔になった。 「すみません、いま満席なんです」 「大丈夫です。また時間を置いて来ますから」 「本当にすみません。三時頃には空いて来ますので、またいらして下さいね!」 安室さんはと見れば、女子高生のグループに捕まっていた。 どうやらいまはテスト期間中のようだ。 美しい花の蜜を求めて飛んで来た蝶達と言えば聞こえはいいが、灯りに群がる蛾のようでもある。 そんな彼女達を邪険にもせず上手くあしらっている安室さんはさすがだ。 あれだけの美貌の持ち主なのだから、女の子に騒がれるのなんて慣れているんだろうなあ。 そんなことを考えていると、安室さんと目が合った。 にっこりと微笑まれて、それがただの営業用スマイルだとわかっていてもドキッとしてしまう。 私は逃げるようにポアロを出て図書館に向かった。 読書でもして落ち着こう。 米花町の図書館と言えば、コナンくん達が巻き込まれた殺人事件で有名だ。 エレベーターから館長が出てきた時はホラー映画みたいだったとか。 当然だが、あの事件のあとで館長は代わっている。 リニューアルオープンしたいまでは静穏な空間として本来の役目を取り戻し、知的好奇心を満たしたい者達のオアシスとなっていた。 「えっと、ホームズは…」 「こちらの棚ですよ」 「あっ、ありがとうございます。…て、沖矢さん!」 「バスカヴィルの犬などいかがですか?」 「まだ読んだことないので読んでみます。じゃなくて」 人が少ないのをいいことに、私は沖矢さんを専門書のコーナーに引っ張って行った。 相変わらず、院生とは思えないほど体格の良い人だ。 「どうしたんですか、こんなところで」 「たまには知的好奇心を満たそうかと」 「工藤邸の書斎のほうが充実しているって言っていたじゃないですかっ」 「まあまあ、落ち着いて。図書館ではお静かに」 穏やかに諭されて、私は小さく咳払いした。 一人でヒートアップしていた自分が恥ずかしい。 「どうしてここにいるんですか?」 「盗聴器で君の居場所がわかったからですよ」 「ふえぇ…!」 「というのは冗談で、子供達の保護者役です」 沖矢さんが視線を向けたほうを見れば、なるほど、少年探偵団のみんながテーブルに陣取って何やら調べものをしている様子が見えた。 「コナンくん達と一緒だったんですね」 ほっとしながらそう言うと、沖矢さんは微笑んで頷いた。 「さっきのは冗談でしたが、君はもう少し警戒心を持ったほうがいい。悪い男につけこまれて、いいように流されてしまいますよ」 「気をつけます」 何だか納得いかない気持ちになりながらも私は素直に忠告を受け入れた。 子供達のほうに戻っていく沖矢さんに手を振って、ホームズのシリーズが並ぶ棚へ。 沖矢さんお勧めの本を借りて読んでいたら、あっという間に三時間が過ぎていた。 図書館を出てポアロへと急ぐ。 「なまえさん、いらっしゃいませ。お待ちしていました」 ポアロに入るなり、今度は安室さんが出迎えてくれた。 「昼間はすみませんでした。その代わり、たっぷりサービスさせて頂きますので」 「そんな、気にしないで下さい。安室さんも梓さんもお疲れさまです」 「なまえさんは優しい人ですね」 安室さんが水のグラスを持ってきてくれたので、ありがたく頂く。 「ご注文はアールグレイのシフォンケーキとミルクティーでよろしいですか?」 「はい、お願いします」 メニューを開くまでもなく、注文は決まっていた。 安室さんもそれは心得ているようで、私が頼む前から注文を読み上げてくれる。 「かしこまりました。少々お待ち下さい」 安室さんがカウンターの中に入っていくのを見届けて、窓の外に目を向ける。 窓ガラスには雪とサンタの乗ったソリのシールが貼ってあった。 もうそんな時期になるのか、と些か憂鬱な気分になる。 クリスマスはあまり好きじゃない。 子供の頃はともかく、大人になったいまでは一番と言って良いほど仕事が忙しくなる時期だからだ。 「お待たせしました。シフォンケーキとミルクティーです」 「ありがとうございます」 ポアロのメニューの中ではアールグレイのシフォンケーキが一番のお気に入りだ。 一時期話題になった半熟ケーキも美味しかったが、やはり長年の一番の座はそう簡単には譲れない。 いただきますをしてからケーキを口に運ぶ。 しっとりふわふわのスポンジの中に紅茶の風味が広がり、甘すぎない生クリームと相まって、一度食べ始めたら止まらなくなるような美味しさだった。 「今日はあと二時間で上がりなんです」 「そうなんですね。お疲れさまでした」 という会話をしたのは覚えているのだが、いつの間にか自分の部屋に戻っていて、目の前でぐつぐつ煮えている鍋を見つめているのはどうしてだろう。 「そろそろ食べられますよ」 どういうわけか、そう言った安室さんが笑顔で甲斐甲斐しく具材を取り皿に取り分けてくれている。 「やっぱり、寒い時は鍋物に限りますね」 炬燵に入って寛いだ様子で安室さんが言った。 「なまえさん、次は何を食べます?」 沖矢さん、せっかく忠告してくれたのにごめんなさい。 悪い男ではないと思うけれど、完全に流されています。 |