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最近、足繁く通っている場所がある。
ポアロという名の喫茶店なのだが、ここのサンドイッチが絶品なのだ。
具はハムとレタスだけなのに、今まで食べたサンドイッチの中で一番美味しい。

カウンターの中で調理している様子を見ていると、パンを蒸し器で蒸していたり、ハムにオリーブオイルを塗っていたりと、色々と工夫しているようだ。

その癖になるサンドイッチをぱくつきながらパソコンのキーボードに指を走らせる。
レポートを制作中なのだが、今日はかなり調子がいいからもうすぐ終わるだろう。

「お疲れさま」

柔らかな声とともに、テーブルの上にコーヒーカップが置かれる。
顔を上げると、安室さんが柔和な笑みを浮かべていた。

「そろそろ終わりだと思ったんだけど、違ったかな?」

「いえ、もう終わります」

「それ飲んだら送って行きますよ。もう遅いですからね」

慌てて時計を見る。
集中していたせいか、随分時間が経ってしまっていた。
一瞬ひやりとしたが、今は親元を離れての一人暮らし。門限を気にする必要はない。
ほっと胸を撫で下ろす私を見て、安室さんは「車をまわして来ます」と笑った。
安室さんも、もうあがる時間らしい。
これはラッキーだ。

私がこの喫茶店に通う理由は、サンドイッチだけではない。
彼がこの喫茶店で働いていることも理由のひとつだ。

安室透さん。

色黒で茶髪でイケメンなので、ちょっとチャラい印象を受ける人もいるかもしれないが、実際はとんでもない切れ者である。
博識で、様々な分野に精通していて、それなりに腕に覚えもあるという彼の本業は、プライベート・アイ──探偵だ。
この喫茶店のある建物の二階、毛利探偵事務所の毛利さんに弟子入りしているのだとか。

「お待たせ。じゃあ、行きましょうか」

ちょうどコーヒーを飲み終わったタイミングで安室さんが戻って来た。
お会計を済ませ、そのまま彼と一緒に喫茶店を出る。
外には、白のRX-7。
その助手席におさまると、早速攻めにかかった。

「安室さん、今日はお時間ありますか?良かったら夕食を食べて行きませんか?」

「残念だけどやめておきますよ。一人暮らしの女子大生の部屋に上がり込むには遅い時間だ」

「じゃあ、今度のお休みに遊びに行きませんか?」

「いいですね。君が行きたがってたテーマパークに行きましょうか」

「やった!約束ですよ」

──デートには応じてくれるんだよなあ…。

ハンドルを握る安室さんの整った横顔をちら見して、心の中でうーんと唸る。
現にこれまで三回ほど一緒に遊びに行っていた。
テニスだったり、ドライブだったり。

ただ、次のもう一歩を踏み出させてくれない。
まるで見えない壁があるみたいに。
遊びには付き合ってくれるけど、本気にはさせてくれない。

何か秘密を抱えているような、そんな気がする。

その、一見すると優しげなのに決して本心を見せないミステリアスなところが惹かれてやまない原因なのだけれど。

「着きましたよ」

えっ、もう?という感じだった。
二人きりの時間は驚くほど短い。あっという間に過ぎてしまう。

家の前に車を止めてくれたので、仕方なく降りる。
と思ったら、安室さんも降りて来た。

「そんな顔をされると帰り難いよ」

「すみません…」

「謝らなくていい。ただ、君を大事にしたいんです」

わかってくれますね、と言われたら頷くしかない。

安室さんの手が肩にかかる。

端正なその顔を見上げて目を閉じると、額に柔らかい感触を感じた。

「おやすみ、僕の可愛いお嬢さん」

「…おやすみなさい」

額にキスなんて、子供を宥めるみたいで悔しい。
それでも、優しく微笑まれただけで、天にも昇れそうな幸せな気持ちになってしまうのだから、罪なひとだ。

私がちゃんと部屋に入るまで見守ってくれるところも、好き。

部屋に入って急いで窓から外を見ると、白のRX-7が走り去って行くのが見えた。

「はぁ……」

思わず溜め息が漏れてしまう。

でも、負けない!
今度のお休みに行くデートには全力で気合いをいれよう。

例えどんな秘密を抱えていても、絶対に振り向かせてみせますからね、安室さん。
覚悟しておいて下さい。

とりあえず、まずは自分に磨きをかけるために、シャワーを浴びるべく浴室に向かった。


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