黄瀬涼太が一軍に行った後も、二軍は相変わらずだった。
努力している者がいないわけではない。
でも、これだけやってダメならもう無駄なんじゃないのかという諦めムードとも言うべきものが全体に漂い、空気を重苦しくしている。

「一年!床磨き早く終わらせろ!」

「はいっ!」

練習後のモップがけをしている一年生達に当たり散らすように怒鳴る三年生を見て、苛々してるなぁ…と七海はますます心配になりながら体育館を出た。

「七海ちゃん!」

「えっ、わっ、びっくりした…!」

体育館を出た途端、暗い渡り廊下で後ろから手を掴まれ、七海は心臓が口から飛び出そうになった。
相手がわかってしまえば、何という事はない。
七海の手を掴んでいるのは、同じマネージャーの桃井さつきだった。
何だか思い詰めたような、それでいて興奮しているような表情をしている。

「どうしたの?」

「あのね、実は……」

驚いた事に、桃井に持ちかけられたのは恋愛相談だった。
女子更衣室で帰り支度をしながら聞いたところによると、昨日行われた二軍と他校の練習試合に黄瀬と黒子と共に同行したのだが、例の特異体質を活かして活躍する黒子の意外な姿にときめいてしまい、帰りにアイスの当たり棒を貰った事で完全に落ちてしまったということだった。
そういえば、黄瀬も昨日から黒子にべったりになっていて何があったのかと思っていたら、二人とも黒子にやられてしまっていたのだ。

「それでね、明日、黒子くんと出掛けるんだけど…どうしよう、何を着て行ったらいいかな?」

「さつきちゃんならどんな服でも似合うし可愛いと思うよ」

「も〜、七海ちゃん!真面目に答えてよー」

「ごめんごめん」

本気なんだけどなと苦笑しながら、七海は改めて考えてみた。

「うーん…そうだなぁ…黒子くん、パーカーとかボーダーシャツとかのマリン系の服が多いみたいだから、さりげなくそれに合わせる感じでいってみたらどうかな?」

「そっか…そうだね、そうする!有り難う七海ちゃん!!」

桃井は喜色満面の様子でぶんぶんと手を振って更衣室から出ていった。

実のところ、デートではなく部活の買い出しなのだが、本人がデートだと思っている以上、桃井にとってはやはりデートなのだ。
気合いが入って当然だろう。
七海も気持ちはよくわかる。

赤司はどんな服でもサラッと着こなしてしまうし、何を着ていても格好いい。
そんな彼と出掛ける時には七海も随分着ていく服装で頭を悩ませるものだ。

更衣室を出ると、近くの壁に背を預けて赤司が待っていた。

「ごめん、待たせちゃった?」

「いや、大丈夫だ。今日はいつもより遅かったな」

「ちょっとさつきちゃんの相談に乗ってたから」

「桃井か?ついさっきスキップしそうな足取りで走って行ったのを見かけたが」

「うん…よっぽど楽しみなんだね、さつきちゃん…」

桃井の黒子への想いは言わず、ただ明日好きな男の子とデートなんだってと教えると、赤司は納得した風だった。

「桃井は有能なマネージャーとしか見ていなかったが、そうか、言われてみれば彼女も恋愛をしても不思議はないな」

「そうだよ」

うまくいくといいけど、と思いはするが、どうも前途多難な気がするのは何故だろうか。



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