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「征十郎」


その人は、体育館の出入口にひっそりと佇んでいた。
洛山の制服ではなく清楚なワンピースを身に纏い、片手には男物の傘。
彼女の後ろでは、夕方から降り始めた雨がしとしとと降り続けている。
すぐに練習の手を止めて赤司が彼女の元へ向かうのを、皆興味深く見守った。


「傘、忘れていったでしょう」

「いや、夕方から雨が降るのは解っていた。部室に置き傘をしてあるから問題ないと思ってね」

「そうだったの?てっきり天気予報を見忘れたんだと思って…」

言いかけて、七海はそんなはずはないのだという事にようやく思い至ったらしい。
そう、赤司征十郎に限って、そんなミスを犯すはずがないのだ。

「心配して持って来てくれたんだろう?ありがとう」

「…うん」

しょんぼりした様子から一転、はにかむように微笑んだ七海に、赤司の頬も緩む。

「すまない。せっかく来てくれたから一緒に帰りたいけど、まだ終わりそうにない。一人で帰れるかい?」

「もう、人を子供扱いして…。一人でここまで来たんだから一人で帰れるに決まってるでしょ」

頬を膨らませる様子は愛らしく、部員達は練習するのも忘れて二人のやり取りに見入っていた。
最初に我にかえったのはやはり実渕で、彼に続いて次々に赤司の元へ駆け寄っていく。

「赤司の姉貴か?」

「征ちゃんにこんな綺麗なお姉さんがいたなんて知らなかったわ」

「そうだぞ、水臭いぞ赤司ィ!なんで紹介してくれなかったんだよ」

「七海とは血は繋がっているが、姉弟じゃない」

赤司の言葉に、皆「えっ」という顔をして口を閉じた。
赤司の微妙な言い回しに、さすがに何か事情があることぐらいはわかる。
そして、それ以上追求しようとする者はいなかった。



「今日のは丁度良かったよ」

練習を終えた赤司が帰宅すると、七海は夕食の支度をしているところだった。

「ああ言っておけば、煩く詮索してくることはないだろう」

「征十郎は私をお友達に紹介したくないの?」

「まだ早い。いずれは顔合わせを考えてはいるが、今は事情を説明するより他にやるべき事があるからね」

そう言って、赤司は後ろから七海を抱きしめた。
そうされてしまえば、適度に筋肉がついた彼の腕からは逃れられなくなる。

「姉さんは僕だけを見ていればいい」

「…征十郎…」

首筋に触れる唇。
白い肌を軽く吸われて七海はびくっと身を震わせた。
そのまま肌の上を滑りながら唇が甘く囁く。

「それに、説明しても良いのかい?七海は僕の祖父の愛人の孫で、今は僕に囲われている恋人だと」

「それは…」

危ないからと、包丁はシンクの中に入れられた。
そうして唇を奪われる。
口腔を蹂躙する熱い舌に七海は一瞬驚いたように体を竦ませ、反射的に身を引いたが、男はそれを許さない。
怯えて逃げる舌を巧みに絡み取って吸い上げ、そうして口付けに溺れさせながら、衣服を剥いでいく。

性急な求め方と与えられる強い快楽に、頭がくらくらした。

「ご飯の支度、まだ途中なのに…」

「後でいいよ。それよりも、今は七海が欲しい」

真紅の瞳の肉食獣は、ゆるりと瞳を細めて獲物に食らいついた。


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