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「先生、ここは?」

「ああ、これは、この公式を代入して…」

先生の長い指がノートの上の文字をなぞって動く。
しなやかで、でも骨っぽくて、いかにも男の人の指って感じだ。
ピアノが似合いそうだなと思った。


4月からの新生活で色々変わったことがある。
その一つが、家庭教師がついたことだ。

センセイは大学生の男の人で、名前は氷室辰也という。
冷たそうで熱いイメージのある色男な先生にぴったりな素敵な名前だと思う。

背が高くて、ずっとバスケをしていたからしっかり筋肉がついている細マッチョな先生の髪は黒。
前髪は少し長めで、左目が隠れている。
露になっているほうの右目の下には泣きぼくろがあり、ただでさえ色っぽい端整な顔立ちをしているところに更に色気を増幅していた。

「それで合ってるよ。君は飲み込みが早いね」

頭を撫でられた拍子に、ふっと良い匂いが香った。
先生が使っている香水の香りだ。
オリエンタルで色っぽくて先生に相応しいその香りが密かにお気に入りだった。

「先生、今度バスケやってるとこが見たいです」

「いいよ。次の小テストが終わったらストバスに連れて行ってあげよう」

「やった!先生のお友達にも紹介して下さいね!」

「行くのは俺と君の二人だけだよ」

「ええー!お友達に会いたかったのに」

先生は困ったように微笑んで、「うーん…」と唸った。
そんなにわがままなお願いだっただろうか?

「それはちょっと、嫌かな」

「えっ!?」

私はガーンとショックを受けた。
頭の上にタライが落ちて来たみたいにぐわんぐわんしている。

「ああ、そんな顔をしないでくれ」

先生はまた私の頭を撫でた。

「意地悪で言ったわけじゃないんだ。もちろん、君が悪いわけでもない」

じゃあ、どうして?
と思ってしまうのは当然のことだと思う。
頭の上にハテナマークを沢山浮かせた私に向かって、先生は艶のある微笑を見せた。

「もう少し、君は俺だけのものでいて欲しいから」

誰にも見せたくないんだ。
ダメかい?

なんて言われてハイなんて言える女の子がいるわけがない。
だって相手はとても手が届かない、自分なんて子供としか思ってないと考えていた年上の素敵な男性なのだ。

「わ、私も先生と二人がいいです…!」

「うん、ありがとう。勉強もバスケも、それ以外の事も、俺がちゃんと教えてあげるから安心していいよ」

ああ、どうしよう。
舞い上がってしまってもう勉強が手につきそうにない。

とりあえず、ストバスに着ていく可愛いウェアを買いに行くこと、と頭の中にしっかり刻み込んだ。


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