おは朝でやっていたレモンと鮭のホイル焼きを作ってみた。 我ながら会心の出来だ。 「それで俺を呼び出したのか」 「えへへ…どうかな?」 「まあ、悪くはない」 黒縁のアンダーリム眼鏡越しに見える瞳は、満足そうにテーブルの上に並べられた料理を見下ろしている。 BGMは真ちゃんの好きなクラシックだ。 ショパンの繊細なピアノ曲をバックに、真ちゃんはホイル焼きを食べ進んでいく。 「高尾は呼ばなかったのか?」 「うん、だって急に呼び出したりしたら迷惑でしょ」 「お前は俺に対する気遣いがないのだよ!」 「えー、隣なんだからいいじゃない」 「まったく…お前は」 ブツブツ言いながらもちゃんと食べてくれる真ちゃんは優しい。 今日はお父さんとお母さん帰って来ないからと言ったせいだと思う。 心配してくれているのだ。彼なりに。 これが普通の男女なら、親が留守の家に二人きりとなれば色々期待したり緊張でそわそわしたりといったことになるのだろうが、真ちゃんは実に堂々としている。 彼にとって私は妹のようなものなのだろう。 ちょっと悲しい。 「おしるこもあるから許して」 「いいだろう」 真ちゃんはあっさりと許してくれた。 私の作るおしるこはお婆ちゃん仕込みの特別製なのだ。 子供の頃からの真ちゃんのお気に入りでもある。 「真ちゃん、食べ終わったらピアノ弾いてくれる?」 「少しだけだぞ」 「うん、ありがとう」 私は真ちゃんのピアノが大好きだ。 彼の神経質な性格だとか、内に抱える複雑な心情だとか、そういった彼の内面に触れることが出来るから。 「真ちゃん、大好き」 「わざわざ言わなくても、わかっているのだよ」 それこそ赤ちゃんから一緒にいるからだろうか。 私は真ちゃんに対する“大好き”が幼なじみとしてのものなのか、それとも異性としての恋愛感情なのかわからなくなってしまっていた。 真ちゃんはわかっていると言うけれど、本当にわかっているのか怪しいものだと思う。 もし、私が恋愛感情としての意味で好きだと言ったらどうするのだろう。 わからない。試すのも怖い。 「やっぱり高尾くんにすれば良かった」 「?今から呼んでも構わないだろう」 「もう…そうじゃないよ真ちゃん」 やっぱりまだわからないままでいい。 自分の気持ちも。 真ちゃんの気持ちも。 もうしばらくの間は、仲の良い幼なじみという関係のままでいい。 「あ、食べ終わった?」 「ああ。美味かった」 「良かった。ねえ、真ちゃん、ピアノ弾いて」 「仕方ない。約束だからな」 リビングに移動して、ピアノの蓋を開ける。 ピアノの前に座った真ちゃんは、綺麗にテーピングされた指をそっと鍵盤に乗せ、ゆっくりと弾きはじめた。 ショパンのバラード第一番。 真ちゃんの隣に座って耳をすませる。 今はまだこの距離でいい。 居心地の良い、優しい距離のままで。 |