私の家は飛び抜けて凄いお金持ちというわけではない。 でも、世間的に知られている有名な人物がご先祖様にいて、一応代々続く由緒正しい家柄ということもあり、それなりに格式のある家や政財界の重鎮とも親交があるという、一人娘の私から見てもヘンな家だった。 正確には全く違うけど、『普通よりもちょっとだけ経済的に恵まれた生活を送っている没落した元華族』というのが一番近い表現のような気がする。 それなりに格式や伝統を重んじる一族や、歴史が浅くて成金と陰口を叩かれている富豪から見ると、我が家の血筋は非常に魅力的なものであるらしい。 ただ、祖父母や両親は一人娘である私をそういった駆け引きの道具にするつもりはなかったようで、今までは自由にさせて貰っていた。 中学高校もお嬢様学校ではなく普通の私立だったし、今通っている高校では男子バスケ部のマネージャーをやっている。 だから私自身の感覚としては、自分は普通の女子高生のつもりでいたのだ。 祖父母が懇意にしているという一家との食事会の席で、祖父から『許嫁』を紹介されるまでは。 「君、実はお嬢様だったんですね。知りませんでした」 「うん、私も知らなかった」 食事会の夜から一夜明けた月曜日。 私の前でいつもと変わらない表情のままバニラシェイクを飲んでいるのは、小学校に上がる前からの幼なじみでバスケ部の仲間でもある黒子テツヤだ。 中学は別だったけど高校でまた一緒になった彼を、部活帰りにマジバことマジバーガーに引っ張って来て話を聞いて貰っている最中だった。 「小説では読んだ事がありますが、まさか自分の身近な人間に許嫁がいるなんて思ってもみませんでした」 「うん、私も思ってもみなかった」 それにしてもテツヤくんは食が細い。 女の子の私よりも食べる量が少ないんじゃないだろうか。 テーブルに並んでいるポテトなどの量の違いのせいで、まるで私が大食いみたいに見えて困る。 「許嫁がいたのも勿論驚いたんだけど、問題はその相手というか……まさか知り合いが出てくるとは思わなかったからびっくりしちゃって」 「知り合い?僕も知ってる人ですか?」 「たぶん私よりよく知ってるんじゃないかな」 「誰ですか」 「赤司征十郎くん」 えっ、と一言呟いて絶句したテツヤくんの手からバニラシェイクが落下した。 ゴトッと音をたててシェイクは無事にテーブルに着地したが、テツヤくんの手はバニラシェイクをホールドした形のまま止まっている。 これにはさすがに驚いたようだ。 「…そんなまさか。冗談ですよね?」 「うん、食事会の席で赤司くんを見た時、私もそんな感じだった」 「本当なんですか…何て言っていいか…」 「赤司くんなんであんな怖いの……食事会の間中あの眼でずーっと見つめられてて、もう怖いのなんのって…ビビって泣きそうだったんだけど」 「気持ちはよくわかります」 私が初めて赤司くんと直接接触したのは、高校1年の冬休み、WC(ウィンターカップ)の会場での事だ。 中学の時、帝光中に通うテツヤくんから間接的に話を聞いたり写真を見たりして『赤司征十郎』という存在を知ってはいたけれど、実際に彼に会うのはそれが初めてだった。 他の部員達に対するものとは違って、紳士的な対応をして貰ったとは思う。 でも、それまでの間に、「頭が高いぞ」「絶対は僕だ」「両の眼をくり抜いてお前達に差し出そう」のアレやコレを目にしていたせいで、第一印象から既に恐怖の対象となってしまっていたのは間違いない。 ビクビクする私に、彼はちょっと困ったように微笑んでいたのを覚えている。 まさか親同士が知り合いだとは思わなかった。 「つまり、WCで君を見初めて即動いたということですね。さすが赤司くん、迅速果断が座右の銘だけあって行動が速いです」 「速過ぎて恐怖を感じる域に達してるよ…」 「赤司くんですから」 「親同士が知り合いじゃなかったらどうしてたのかな」 「別の手を使っていたでしょうね。彼なら何とでも出来たでしょう」 「そんな簡単に何とかなっちゃうものなの…」 「赤司くんですから」 もう何もかもその言葉で片付きそうな気がしてきた。 「でも、私のどこが気に入ったんだろう」 「…それは…」 テツヤくんは視線を逸らして口ごもった。 「……赤司くんが君を気に入った理由は、分からなくもないです」 「え?」 「君はどうなんですか。赤司くんのこと、どう思っているんですか?」 「どうって……」 食事会の席では、バスケの試合の時のような迫力こそ無かったものの、やっぱり常人とは違うオーラみたいなものが感じられた。 育ちの良さが伺える立ち居振る舞いも、生来の頭の回転の速さに裏打ちされたスマートな行動も、私の周りの男の子とはまるで違う。 高級料亭という場所にも臆する様子もなく堂々と振る舞っていたし、さりげなくエスコートしたりしてくれた。 母に勧められて着ていったお気に入りのワンピースを「可愛いね」と褒めてくれた時もビクついていた私に、彼はやっぱり少し困ったような表情で微笑んでいた。 もしかすると、そんなに怖い人ではないのかもしれない、けど。 「試合の時の印象が強くて、やっぱりまだ怖い……かな」 「そう、」 テツヤくんが言いかけた時、ケータイの着信音が鳴りはじめた。 私のじゃないからテツヤくんのだ。 「すみません」 「いいよ、大事な用事かもしれないし、気にしないで出て」 慌ててポケットからケータイを取り出したテツヤくんが、画面を見て固まった。ように見えた。 「テツヤくん?」 「…赤司くんからです」 「ええっ!?」 |