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親戚のお兄さんと待ち合わせていたら、ドレッドヘアの高校生に絡まれた。
外見だけでもうビビりまくっていた七海の肩に馴れなれしく腕を回してナンパしてきたその人は、

「灰崎」

凛とした声に呼びかけられた途端、明らかに顔色が変わった。

「何をやっている」

「いや、まあ…見ての通りこの子と仲良く…な?」

「嫌がっているようにしか見えないが?」

ドレッドヘアはまだヘラヘラ笑ってはいたけれど、これ以上七海に絡む気は無くなったことは確かだった。
雰囲気でわかる。
突然現れた赤髪の人に本能的な畏れを感じている、という表現がぴったりな感じだ。
つまり、ドレッドヘアの人はこの赤髪の人にビビっていた。

信じられないくらい穏便に事態をおさめた救世主は、「早く会場に戻れ」とドレッドヘアの人を追い払うと、七海に申し訳なさそうに謝ってきた。

「すまない」

「あ、いえっ」

「あいつは中学の時の同級生でね。高校は違うが、昔のチームメイトとして君への振る舞いを申し訳なく思う。許してくれ」

「そんなっ、謝らないで下さい!助けてくれて有り難うございました」

「ああ」と微笑んだことで、彼が意外と童顔と言えるほどあどけない顔立ちをしていることに気が付いた。
さっきは比較対象がアレだったので分からなかったのである。
しかし、同じ高校生でも凄い差があるものだ。

「びっくりしたけど平気です。昔からああいう人なんですか?」

「ああ、大して変わっていないな。高校になってからもまだあの調子だから、困ったものだよ」

ふ、と溜め息をついたその顔に色気を感じてドキッとした。
大人びた言動に相応しい大人びた表情。
顔立ちはまだ幼さを感じさせるぐらいなのに、彼は自分よりもずっとしっかりしていて落ち着いて見えた。

この近くの会場ではウィンターカップというバスケの大会が開催されていて、さっき七海に絡んできた人も七海を助けてくれた人も、その大会の参加者だという話だった。
これまた偶然なのだが、七海が待ち合わせている親戚のお兄さんもその大会に出る事になっているのだ。

「もう二度と声をかけてきたりはしないと思うが、万が一ということもある。何かあれば連絡してくれ」

そう言って七海に連絡先を書いたメモを渡し、彼は会場に戻っていった。

メモには“赤司征十郎”と書かれている。
赤司、征十郎。
それがあの人の名前なのだ。


連絡先を渡されたけれど、自分から連絡するのは非常に勇気がいる行為だった。
電話するにしても、何をどう話せばいいのだろう。
もしも万が一、社交辞令で渡しただけなのに本当に連絡してきちゃったよなんて困惑されたりしたら…と思うと、どうしてもボタンを押す指が動かない。
マイナス方面の想像ばかりしてしまう。

とは言え、常識で考えて何のお礼もしないというのも失礼な話なので、「あの時はどうも有難うございました。お話出来て嬉しかったです。バスケ頑張って下さい」といった感じの内容のお礼文をメールしてみた。
我ながら小学生の作文かと思うような文章だが、とにかく失礼にならないように、そして簡潔に、と考えた結果だ。

返信はびっくりするぐらい早く来た。

その内容は、要約すると「良かったら、明日会えないか」というものだった。
出来すぎている。
あまりにもベタな展開に七海は一抹の不安を覚えた。
もしかしてこれはドッキリなんじゃないのかとさえ思った。

とは言え、七海の指は既に素早く動いて「喜んで!」の返信を打っていたのだが。




「赤司くん!」

「やあ、七瀬さん」

既に待ち合わせ場所のカフェに座っていた赤司を見つけて、ぱたぱたと駆け寄る。

「ごめんね、待たせちゃった?」

「いや、僕もいま来たところだよ」

まるでカップルみたいな会話だ。
でもきっと、何も知らない人達から見たらカップルに見えるのかもしれない。
七海はちょっと赤くなりながら赤司の向かい側に腰を下ろす。

ああ…途中で何処かに寄って髪を直してくるんだった。
急いで来たから、アホ毛が飛び出てるかもしれない。どうしよう。
などと考えている間に、赤司は七海の前にメニューを広げてくれている。

「何を頼む?」

「えっと、じゃあラッテ・マキアートにしようかな」

「デザートはいいのかい?」

「うん」

赤司の視線を受けた店員が素早く寄って来て注文を取る。
その短いやり取りから、七海は何とも不思議な印象を受けた。
他人に指示を与える事に慣れているというか、他人を動かす事に慣れている…そんな感じを受けた。


「はい、これ。君のだろう?」

「え……あっ」

赤司がテーブルの上に乗せたのは白い貝殻の形をした片方だけの小さなイヤリングだった。
反射的に左耳に触るが、当然そこには何もない。
失くしてしまったと思っていた物に間違いない。
灰崎に絡まれた時に落ちたのだろう。

「有り難う…赤司くん」

お礼を言いながら、パズルのピースが填まるように何もかもはっきりと理解出来た。
赤司はこれを七海に返すために今日誘ってくれたのだ。

七海は赤司の連絡先を教えて貰っていたけれど、赤司は七海の連絡先を知らなかったから向こうからは連絡出来ない。
だから七海から連絡があった時に、待ってましたとばかりにすぐ返信が来たのだ。

さっきデザートを頼まなくて良かった。
マキアートを飲んだらすぐに帰ろう。

赤司の話を笑顔で聞きながらも、七海は惨めな気持ちになっていた。
勝手に勘違いして浮かれて…馬鹿みたいだ。

「試合、頑張ってね」

「ああ。有り難う。もし予定が合えば明日観に来てくれないか」

きっと以前の七海なら一も二もなく喜んで飛び付いていただろう。
それを思うと、針で刺されたように胸が痛んだ。

「ごめんなさい…明日は用事があって……」

「…そうか、残念だけど仕方ないな」

「せっかく誘ってくれたのにごめんね」

「いや、気にしないでくれ」

もう一度赤司にお礼を言って、七海は彼と別れた。
カフェを出てバス停に向かう。
歩きながら視界がぼやけてきて、呼吸もうまく出来ない。

赤司が拾ってくれた片方だけのイヤリングをしっかりと握り締めながら、泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えた。






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