「天音ー、まだなのー?」 母親の呼ぶ声に、天音は慌てて部屋を出て玄関に向かった。 「何してたの?半兵衛くんもう待ってるわよ」 そこには既に制服姿の半兵衛が待っていて、母と話しているところだった。 「ごめんなさいね、半兵衛くん。この子ったら、昨日からずっとぼんやりしてて」 「いえ」 ふわふわの銀髪が揺れて、半兵衛が母から自分へと視線を向けたのがわかっても、天音は俯くようにして目線を合わせないまま「ごめんね」と謝って靴を履いた。 まともに半兵衛の顔が見られない。 「僕の風邪がうつったのかもしれないね。大丈夫かい?」 「う、うん。平気、何ともないよ」 半兵衛の手が天音の頭に触れた。 指で優しく髪を梳かれる。 天音の母にはそれが仲が良い幼なじみ同士の微笑ましい触れ合いに見えたようで、にこにこと嬉しそうに笑っていた。 「半兵衛くんはもう風邪大丈夫なの?無理しちゃダメよ」 「はい、有難うございます」 行こう、と半兵衛が天音に言って、ドアを開く。 そのままドアを押さえ、彼は天音を先に外に出してくれた。 「行ってきます」 「行ってらっしゃい」 母親の笑顔が閉まったドアの向こうに消える。 傍らには、すっと背筋が伸びた細身の男の身体。 そこからのろのろと視線を上げると、見慣れているはずの、けれども初めて見る気がする艶めいた微笑を浮かべた綺麗な顔があった。 |