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体育館のステージの上はなまえにとって日常と非日常が交差する特別な空間だった。
殆ど毎日使う場所でもあるから、己の領域と言ってもいい。
今日もそこでは演劇部による部活動が行われていた。


「新春シャンソンショー!」

「新春シャンソンショー!」

「お綾や、親にお謝り!」

「お綾や、親にお謝り!」

「お綾や、八百屋にお謝りとお言い!」

「お綾や、八百屋にお謝りとお言い!」

ステージ上に一列に並び、早口言葉の練習文句を繰り返すその様子を、同じ体育館内で練習をしているバスケ部の部員達が奇異なものを見るような目で見てくるが、一々気にしてはいられない。
羞恥心を捨てろ。
それがなまえが演劇部の先輩に教わった教訓だ。
そして今はなまえ自身が後輩に教えている事でもある。

毎日繰り返し練習することで身体に必要な能力を覚えさせるという意味では、発声練習はバスケ部のダッシュ練習と同じだ。

「大丈夫」

まだ恥ずかしさが抜けきれずにモジモジしている新入部員になまえは優しく微笑みかけた。

「じろじろ見られるのがすぐに快感になってくるから」

「それも困ります部長」

よく調教、もとい、教育された部員達はツッコミも速かった。

「何やら面白そうな話をしていますねえ」

ステージ袖の暗がりから、長身の男がゆらりと現れた。
白衣の肩に流れ落ちる銀髪が蛍光灯の光を受けて目映く輝く。
保健室の主、明智光秀だ。

「確か、快感がどうとか…」

「見られるのが快感になるって話ですよ、先生」

「ああ、衆人環視プレイの話でしたか」

「それは先生の趣味でしょう」

「嫌いではありませんよ。見られていると燃えますよね」

「え、マジなんですか? ちょっと、勘弁して下さいよ、うちの子達が怯えてるじゃないですか」

「それもまた一興」

「いやいや、興がらないで下さい」

薄笑いを浮かべる光秀がどこまで本気なのかは分からない。
生徒に合わせて遊んでくれているとも取れるが、本当の話だという可能性も捨てきれない。
分かっているのは、この男が暇を持て余すとなまえのいる場所に現れるということだった。

「また理事長にフラレたんですか」

「出張に行ってしまったんですよ。帰蝶は連れて行くのに私は置いていくなんて酷いと思いませんか? 思うでしょう? 仕方がないから慰められてあげます」

「はいはいよしよし」

べったり抱きついて張り付いてくる光秀の広い背中をなまえはよしよしと撫でた。



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