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「貴女を側室にという声が上がっています」

いつものように火鉢を囲んで座り、お茶を飲んでいたら、光秀がいきなり爆弾を投下した。
新年一発目の冗談にしては笑えない。

「私と普通に話せる奇特な女性ということで、一部の家臣が盛り上がっているようです」

「えええ…」

何とも迷惑な話である。
光秀に世話になっている身なので文句は言えないが、なまえとしてはお友達でいましょうというところだ。

「跡取りを産んで貰うことも期待されています」

「ええええ…」

何故そこまで話が飛躍しているのか。
なまえは危うく餅を喉に詰まらせるところだった。
火鉢の上に乗せた網で焼いたものだ。
お正月と言えば餅でしょう、と光秀と意見が一致して用意してもらったのである。

箸を止めて淡々と、しかしどこか面白がっている口調で話していた光秀も、丁度食べ頃に焼けた餅に手をつけた。
砂糖醤油派でもくもくと食べている。

こういう時の光秀は普通に美青年なんだけどな、となまえは餅を飲み込みながら彼を観察した。

戦場における彼は快楽殺人鬼だ。
味方である自軍の兵にも容赦はしない。
血を流し過ぎて体力を消耗すると、自らについてきてくれている兵士達に鎌を突き立ててその生命力を奪う。
その姿はさながら死神だ。

もっとも、城で大人しくしている時の彼は知的な美青年といった感じなのだが。

もちろん、なまえは戦場での彼を知っているので見かけに騙されたりはしない。

と言って、彼の戦場での行いを責める気もなかった。

この戦国の世において、命のやりとりがなんたるかを議論するつもりはない。
何しろなまえはただの女子高生、ただの居候の身なので。
拷問されたり殺されたりされないだけでも有り難いと思うべきである。

でも、いくら相手が命の恩人だとしても、側室はナイ。

「光秀さんにはもっと素敵な女性がお似合いですよ」

「私は貴女でもいいと思っているんですけどね」

「またまた、ご冗談を」

「冗談にしてほしいのですか?」

「み…光秀さん?」

「貴女が私の子を産んでくれれば、家臣にうるさく言われることも無くなりますからねぇ」

「こらこら」

ちょっとでもドキッとした自分が馬鹿だった。
この男はただ家臣からうるさくせっつかれるのが嫌で、手近なところで済まそうとしているだけなのだ。
なまえは何だかムカムカした。

「真面目に聞いて損しました」

「おや、貴女は私のことが好きだったのですか」

「全然!ぜんっぜん好きじゃありませんっ」

「私は好きですよ。貴女のことはかつてないほど気に入っています」

「またそんなことを言って…」

「だから、側室の話もいいかなと思ったのですが」

「光秀さん、お餅焼けましたよ」

「ありがとうございます」

光秀の小皿に焼けた餅を乗せてやりながら、なまえは内心溜め息をつきたい気分だった。

本当にこの男は変わり者過ぎてよくわからない。


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