駆け足で桜の盛りが過ぎていき、新緑の季節が訪れた。 大気には早くも初夏の気配が漂いはじめている。 公園の外側の垣根に連なって咲くツツジを眺めながら、天音と半兵衛は並んで歩いていた。 二人の手には、それぞれバスケットケースと手提げ袋。 今年はタイミングが合わなくてお花見に行けなかったため、代わりに公園にピクニックにやって来たのだ。 「桜が咲くまではいよいよ春だと思ってたのに、何かもう完全に初夏って感じだね」 「ああ。今年も暑くなるのかと思うと今から気が重いよ」 半兵衛が心底嫌そうに溜め息をつく。 繊細な彼の身体には夏の暑さが堪えるのだ。 本格的な夏がやって来たら、こうして一緒に出掛ける機会も減るだろう。 半兵衛に無理をさせてまで外に連れ出すつもりはない。 公園に入ると、芝生広場の一角、涼しい風が吹く木陰にレジャーシートを広げた。 お昼寝も出来るように、二人用よりも少し大きめのサイズのものだ。 「はい、半兵衛」 片膝を立てて座った半兵衛に除菌ウェットティッシュを渡す。 有難う、と微笑んで、ウェットティッシュで白い手を清めるその様子を天音は見つめた。 「なんだい?」 「綺麗な手だなあと思って」 「そんなことはないと思うけどね」 「手だけじゃなくて、半兵衛は全部綺麗」 「それは褒め言葉なのかな」 「うん」 半兵衛が複雑そうな顔をしたので、天音は笑って自分も手を拭いた。 芝生の向こう側を小さな男の子がはしゃいだ笑い声をあげながら駆けて行く。 半兵衛にサンドイッチを渡していた天音は、保育園か幼稚園ぐらいかなと考えた。 その後ろから母親らしき女性が追いかけていき、父親らしき男性に抱き上げられた子供に帽子を被せている。 なんだか優しい気持ちになる光景だ。 ふと隣を見ると、半兵衛もまた同じ親子を眺めていた。 しかし、その表情はいつも通り冷静で、むしろ冷ややかにさえ感じられるものだった。 「半兵衛は子供嫌い?」 「子供がというよりも、煩いのが苦手なんだ」 ああ、なるほど、と天音は納得した。 彼女自身はそれほど気にならなかったが、確かに子供のあのかん高い声は神経に障ることもある。 繊細な半兵衛には普通よりもそれが敏感に感じられるのかもしれない。 「でも、君と僕の子供なら可愛がれる自信はあるよ」 半兵衛が淡く微笑んで言った。 五月の青空の下。 木漏れ日を受けて白く輝く白銀の髪も、同じ色をした睫毛も、柔らかく細められた瞳も、微笑を浮かべた桜色の唇も。 その全てがたまらなく愛おしく感じられて、胸が詰まった。 喉をゴツゴツしたものが込み上げてくる。 「どうして泣くんだい」 「だって…はんべが」 「結婚しよう」 「は、は、はんべが……」 泣いているのを見て笑うなんてひどい。 楽しげな声をあげてひとしきり笑ってから、白くて優しい指先が涙を拭ってくれた。 「まだ泣くのは早いよ」という意地悪な囁きとともに。 |